第17話 君と二人で、星空を
きっかけは、本当に些細なことだった。
「フユちゃん、クッキーもっと焼いてよ〜。 お菓子なくなると寂しいよ〜!」
「チカ、さっき食べたばっかりでしょ? 我慢してよ」
休日の夕方。クッキーの甘い匂いが漂うのんびりとした雰囲気とは裏腹に、今日も僕の家は賑やかだった。
「え〜、フユちゃんケチだよ〜!」
「ケチじゃないよ、チカが欲張りなだけ!」
「欲張りってなにさ~!」
ラクは仲裁に入るでもなく、にこにこしている。
「ラク、二人そのままでいいの?」
「ん~、どっちかの味方をしてもねぇ~」
まあ、それもそうか。
そのまま収まるだろう、万が一トラブルになっても僕かラクが仲裁できるだろう。そんな予想とは裏腹に。フユが「もう、チカってば!」ってため息をついてキッチンに戻ると、チカが急に目を丸くした。
「……フユちゃん、私のこと嫌いになったの〜!?」
チカの声が裏返って、まるで絶交でもされたみたいに慌てている。フユが「そんなわけないでしょ!」って振り返る前に、チカが「うわ〜ん、嫌われた〜!」みたいなことを言って大泣きし、開けていたリビングの窓から飛び出していってしまった。
「チカちゃん!? 待ってぇ~!」
ラクが追いかけようとするが、チカの姿は一瞬で見えなくなった。流星の如き速度だ。
「……わたし、チカにひどく言い過ぎちゃったかなぁ」
「そうとは思わなかったけど……」
フユがしゅんとした顔をする。
「チカちゃん、みんなとふわふわ仲良くなるのは得意なんだけど、天界だとあんまり感情がぶつかるようなこと無かったからねぇ~。」
ラクが心配そうに言う。なるほど、天界は感情が薄いから、口喧嘩とかの経験もないのか。友達との初めての衝突だと思えばあの反応も腑に落ちるけど、やっぱりサポートは必要そうだ。
「わたしはチカちゃんを探しに行ってくるけど、チカちゃんが謝りに帰ってくるかもしれないし、フユちゃんは家に残ってた方が良いかもねぇ~。」
「じゃあ、僕も行くよ。空は飛べないけど、手分けして探そう」
「アキちゃん、ありがとうねぇ~」
どこまで行ったのかもわからないけど、とりあえず探しに行こう。
日が暮れてきた。歩き回ったけれど、チカは見つからない。近くにあった公園に寄り、ベンチで一息つこうと考える。
「……ん?」
チカがぺしょぺしょと泣きながらブランコを漕いでいた。掛ける声が見つからず、無言で隣のブランコに座る。
「……アキくん」
チカが泣き腫らした目で僕を見る。
「フユちゃんに嫌われちゃったよぉ……」
どうやら、あれからずっと泣いていたようである。
「そんなことないよ、チカ。みんなチカのことが大好きだし、こんなことで嫌いになったりしないよ」
そう諭しても、チカの表情は暗い。
「私、フユちゃんみたいに、キラキラ~ってした愛情の気持ちを感じられるようになりたいのに……喧嘩しちゃって、胸が締め付けられるような気持ちになって、何もわからないままで……」
チカはまだ、愛情というものがよくわかっていないのだ。どう伝えればいいか考えるけど、僕にもそれは難しい。それでも、なんとか形にしてみる。
「チカ、愛情ってね。いっぱい感じたりするものじゃなくて、普段からずっと心の中にあって、ふとした時に漏れてくるようなものだと思うんだ」
「それって、キラキラ~ってしてなくても愛情があるってこと?」
「そうだよ。キラキラしてない時は好きじゃない、なんてことないでしょ?」
そう答えると、チカは目を丸くする。
「……ちょっとわかったかも~!」
よかった、元気になったみたいだ。
「そろそろ帰ろっか、夜になっちゃうし」
そういえば、この公園はどこなんだろう。チカが飛び去った方角に向かって、結構遠いところまで来たような気がする。
「そうだね~! 急いで帰っちゃおう!」
そう言ったチカは両手を広げる。……これって?
「……えっと、チカ?」
「私がアキくんを抱えて飛ぶよ! フユちゃんラクちゃんよりもずっと速いんだから!」
そういうことか。いきなりハグ待ちみたいなポーズをされたからびっくりしてしまった。
……それはそうと、抱き合うような体勢になることには変わらない。バニラのような香水っぽい匂いが普段よりずっと強く香って、なんだか緊張してしまう。
「ぎゅーっと抱えててね、舌噛まないようにしてね~! いっくよ~!」
チカの羽根が淡く光り、僕を抱えて加速していく。風をかき分けて進むような爆音とこれまでに感じたことのない凄まじい速度は、密着とか匂いとか緊張とかを全部流し去った。遊園地のジェットコースターも、この速度の前ではお遊戯だ。
しばらく歩いた先からとは思えないほどの短時間で、僕とチカは家に帰ってきた。
「あっ、二人とも、おかえり!」
「フユちゃん……ごめんね~!」
「チカのこと怒ってないよ、最初からね」
無事にフユと仲直りできたようだ。チカがフユに抱きついている。……さっきのあれも、本当はそういう親愛の現れだったりするのだろうか?
「ラクちゃんは?」
「多分まだチカのこと探してると思う、帰ってきてないし」
「じゃあ、迎えに行ってくるね~」
そう言うとチカは「なんでも見えるくん」を取り出し、ラクを探す。見つけたらしく、窓から飛び立っていった。
「チカって、あんなに飛ぶの速かったんだね」
「普段はラクと一緒に飛んでるから、あそこまでスピード出してないからね。なんかいいよね、普段見せない一面があるのって」
「フユにもなにかあるの?」
「わたしは……にひひ、思いつかないや。生きとし生けるものはいつだって己のアイデンティティに思い悩むものだよ」
哲学的な言動とふにゃふにゃした言動が同居するフユも、十分いいと思うけどな。
「なんでも見えるくん」で見つけたラクちゃんの元へと急ぐ。……一刻も早く、届けたい言葉があるから。
「いた~! ラクちゃ~ん!」
ずっと私を探していたらしいラクちゃんに追いつく。ラクちゃんは私を見て、ふわふわっとした笑顔を向ける。
「よかったぁ~、チカちゃん元気になったんだねぇ~」
……今ならわかる。これが、私が見つけたかった「キラキラ」だ。
「ラクちゃん、……っ」
「……チカちゃん!?」
突然抱きついた私に、ラクちゃんが普段のようにふわ~っとしていない声を上げる。
「私ね、やっと気付いたの」
目を合わせて話すのは、ちょっと恥ずかしいから。抱きついたまま。
「アキくんが言ってたんだ。愛情ってのはキラキラ~ってしてる時にだけ感じるものじゃなくて、ずっと心の中にある気持ちが漏れてるだけなんだって」
「……」
「だからね、私、それを聞いて初めて気付いたの。ラクちゃんが私に優しくしてくれたり、一緒に居てくれたり、心配してくれたりするのも、いつも心の中に愛情があるからなんだって」
「チカちゃん……」
「いつもありがとうね、ラクちゃん。私もラクちゃんのこと、大好きだよ」
「わっ、ラク!? どうしたの!?」
「ラクちゃん、ふわふわになっちゃって……」
チカが連れ帰ってきた、羽根の体積が五倍くらいに膨らんだラクを見て、僕とフユは困惑していた。一体何があったんだ……?
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