「思ったことがあるんだけどさ。」 

休み時間、武石が神妙な面持ちで僕の席に来た。そして、何の前触れもなくポツリと呟くように言う。

「漢数字ってさ、なんかカッコいいよな。」

毒にも薬にもならない、男二人中身のない話が始まった。

「藪から棒にどうしたのさ。」

「いやな、さっきの授業中にぼーっと教科書を眺めてる時に、ふと天啓が降りたんだよ。」

武石はまだ神妙な面持ちを続けている。話題が話題なので、流石に無理があるのだが。

 漢数字の話題くらいで天啓が降りないで欲しい。ちなみに、前の授業は数学である。

「数学の教科書を見て何を閃くんだよ。」

「いやさ、数字ってなんか可愛くないか?」

「はぁ。」

わけが分からず首を傾げる僕をよそに、武石は話を続ける。

「数字って可愛いんだよ。なんかこう、丸くて小さくて。」

「小動物的な?」

「そうそう、小動物的な可愛さ。」

ますます意味不明である。だいいち十数年生きてきて、数字に庇護欲を掻き立てられたことはない。

 話を理解できないままだが、取り敢えず聞いてみる。

「それがどうして、漢数字に繋がるのかが分からないよ。普通?に数字可愛いでいいじゃん。」

「いやそれは入り口だから。一歩踏み出す段階なんだよ。」

どうやら僕は、入り口で躓いてしまったらしい。一歩も踏み出すことができないらしい。

 もう理解することを諦めた方が良いのかもしれない。

「それでな、数字が可愛いのなら漢数字はどうなんだと、俺はそう考えたんだ。天才は目の付け所が人と違うらしいが、俺も例外ではないらしい。」

「そうだね。目の付け所がおかしいね。」

「授業の問題もそこそこに、俺はノートに漢数字を何度も書いてみた。」

「授業は真面目に受けようぜ、親友。」

僕のツッコミも聞かず、武石は親指を眉間に当てる。

 知的なポーズをとってみても、さっきから話している内容が彼に知性を感じさせない。

「一から十まで、様々な大きさで繰り返し書いた。そうして数学のノートを丸々一ページ、漢数字で埋め尽くした時にハッとした。」

テスト前にノートの提出があるのだが大丈夫なのだろうか。

「数字は丸みを帯びた愛らしさがあるが、漢数字は逞しさがある。俺はその逞しさを、カッコいいと感じたんだ。」

漢字に逞しさのようなものを感じる気持ちは分からなくもないが、いややはり分からない。それに、なぜ数学の時間に閃くのか。

「俺の芸術的感性がな、数字に可愛さを、漢数字に逞しさを見出したんだ。中々に凄い発見だとは思わんかね。」

 いよいよ変な口調になって来たので、少し気になったことを聞いてみる。

「漢数字も丸みを帯びてない?七とか九とか、これは可愛くないの?」

「いや、その理屈はもう乗り越えた。」

武石は手のひら突き出し、そう言う。一度は立ち止まったんだと、そう突っ込むのは野暮だろうか。

 休み時間ももう残りわずか。武石はここぞとばかり畳み掛ける。その情熱はいったい何処から来るのか。

「よぉく聞いてくれ、確かに漢数字も丸みを帯びているものがある。それらを可愛いと感じてしまうのも、無理もないだろう。その気持ちはよく分かる。」

別に可愛いとは思っていないのだが。

「だがしかし、漢数字には他にはないものがあるんだ。それが何かわかるか?」

「いや、さっぱりだよ。」

ほんとに、もう本当にさっぱりである。

「それは、とめ・はね・はらいだ。漢数字はこれらがあることにより、カッコいいの土俵に立つことができるのだ。」

どうやら数字ではなく習字の話をしていたようだ。

 これぞ漢習字。なんて考えてしまう僕の思考も、おかしくなっているのかも知れない。

「それじゃあ、俺は行くぜ。話したいことも話したし。」

人の思考を乱すだけ乱して、武石は満足したように席に戻ってしまう。やがて授業が始まったのだが、その内容は全く頭に入らなかった。

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