第12話 はいけい。大好きな2人へ。

少女が目覚めた魔法は「祈祷きとう」だった。

それをついぞ自覚する事は無かったが、それでも確かに魔法は発現していた。




あぁ、あたし。もうこれで


ママとパパに会えないのかな。


頭がぼーっとする。


下敷きになっちゃったけど、不思議と痛くない。


みんなの叫び声が聞こえる。


悲しまないで。


赤ちゃんの泣いている声が聞こえる。


良かった。

無事だったんだ。


目が開かない。

怪我。しちゃったのかな。


ママ、怒るかな。

でも、いつもみたいに褒めてくれるかな。


身体が動かない。


パパ、泣いちゃうかな。

でも、いつもみたいに仕方ないなって笑ってくれるかな。


音が聞こえない。


赤ちゃん、寝ちゃったのかな。




⚪︎⚪︎⚪︎長峰ながみね達也たつや 視点 ⚪︎⚪︎⚪︎




終わったのか?


膝をつく様な圧迫感は既に消えた。

ここからでは湖は見えないが、途中から威圧感が更に増した。

魔法人形ザ・ビギニング・ドールが力を発揮したのだろうか。


何かあったかは知らないが、それでも解決したのだろう。


「やっと終わったか。全く。とんだ仕事だったな」


タイプSSとの交戦は魔物対策委員会に入って初めてだ。

支部長は俺が次のトップだと言うが、そのポストに足る実力が有るとは思えないな。


空を見上げる。


まだ暗雲は晴れていない。


「・・・・・・おいおい、嘘だろ?」


急ぎステージに目を向けると既に演目は終えており、残っている人はいない。


吊るされている人を除けばだが。


「ブッカーズ!ドール!!聞こえるかっ!!!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


応答は無い。


落ち着け。

どうする?

まずは彼女達の安否が先か?

遊園地が阿鼻叫喚に陥っていないという事は、自己世界しんいきは継続されているな。


だがどういう事だ。

まだ何かあるのか?


蓄えた知識を思い出せ。

そのための4年間だろ!


はやる気持ちを抑え湖へ向かおうと横を向いた。



「・・・・・・なんだ?」


こちらに迫る人影が見える。


女性だろうか。


人が行き違っているというのに、ソレは不思議と不自然に視認できる。


まず頭が見える。

髪はほとんどが抜け落ち、僅かに残っている長髪は雨に濡れ、身体に張り付いている。


次に身体。

腕がない。

その上、胸から下が透けており、脚に至っては何も見えない。


「っ!雨女か!?」


最悪を考え身構えたが、

その必要は無いと悟る。


その身体は透けており、

顔がはっきりと視認できる距離まで来ると、

その表情が穏やかだとわかる。


その目が濡れていたのは雨だからなのだろうか。


まるでしているかの様だ。




⚪︎⚪︎⚪︎




雨女。

いや彼女は俺の隣まで来るとふと見えない足を止め、吊るされた子供達を見やる。


「××、×××」


吊るされた子供達がゆっくりとブッカーズが作成した網の上に横たわる。


何かを言っているが理解する事はできないが、

ただ。彼女そうなのだ。


子供を亡くし、彼女は1人で泣いていた。


子供を払うのは憎しみか。

はたまた寂しさを埋めるためか。

今の彼女を見れば、それは後者ではないか思ってしまう。


相手は魔物だ。

雨神うじんを騙る存在は少ないが、雨女はどこにでも発現する。

この個体も言わば量産型の機械の様なモノ。


いやどうだろう。

これまでのその認識は合っているのだろうか。


頭に浮かぶのは薄く笑う素直で活発な少女。


どれだけ人に近くても彼女もまた魔物である。


あの子を事知った今。

魔物だからと、同じ個体として認識するのはあまりに酷なのでは無いだろうか。


「×××××」


どこまで行っても彼女は魔物だ。

祝福では無く災禍を与える。


だが。


いや。これ以上は言い訳だ。

32になった俺の、

感傷に浸った男の、

子供に見せられないみっともない言い訳。


俺は今。この隣にいる女性にどうしようもなく同情と共感を覚えている。


子供を拐った事へでは無い。

その動機だ。

大切な我が子を失ったその人生にだ。


「・・・・・・」


何もせずとも彼女は消えるだろう。

こうしている今でも既に先程より存在が希薄になっている。


俺が辿る。幾らでも存在する可能性の中に、彼女と同じ結末になる未来もあっただろう。

その中で妻と離れてヤケになる俺もいたかもしれない。

逆に全てが吹っ切れて別の道に進む俺もいたかもしれない。


つまり彼女はそんな俺の未来なのだ。


だからこそ。


彼女に伝えたい。




⚪︎⚪︎⚪︎かつての少女 視点 ⚪︎⚪︎⚪︎




遂に意識が夢へ落ちた。


彼女のこれまでの人生は言うなれば幸せに尽きる。

大好きでかっこよくて頼もしいママ。

大好きで包み込む様な優しさのパパ。


初めて友達が出来た時は2人はとっても喜んでくれた。

初めての登校では心配だからと後ろからついてきてくれた。

初めて喧嘩した時は、よくやったと頭を撫でてくれた。

初めてテストで100点を取った時は額縁に飾るくらい3人で喜んだ。

初めて。

初めて。


あぁ。良かったなぁ。


まだまだ、遊びたい事。やりたい事。知りたい事。褒めて欲しい事。ぶつかりたい事。

まだまだ、まだまだ沢山ある。


でも、悲しい顔をさせたいわけじゃ無い。


いつも笑ってほしい。

いつも楽しくいてほしい。

いつも嬉しいって元気でいてほしい。



だから。悲しまないで。


もう。何も出来ないけど。


でも、大好きな2人へ祈るくらいなら。

今のあたしでも出来るから。


だから、どうか前を向いて。

笑って明日を迎える様に。前に進んで。



どうか。

私の大切なママとパパふたりが、

笑ってくれますように。

楽しく生きてくれますように。

前を向いてくれますように。




ぜったい届くよね。


だってあたしは魔法少女さいきょうなんだもん。


魔法少女になんてないんだから!




⚪︎⚪︎⚪︎長峰ながみね達也たつや 視点 ⚪︎⚪︎⚪︎




1人の男はその想いを伝える手段を持ち合わせてはいなかった。


それはひとえに彼が魔法少女きせきではないから。


では。魔法少女とは何か


それはきっと純粋な願いなのだろう。


大切な誰かに向けた願いの籠ったメッセージ。


最たる例が救済だ。

だけど、それだけでは無い。

人であるが故に、純粋な願いに自我が入り私欲が入り願いの形は変わっていく。




けれど。それら不純が一切無かったらどうなるのだろうか。




まず、彼が立っている地はかつての女の子がその小さな灯火を燃やした地。

改修が入り当時の面影は無くなったが、それでも彼女が勇気を出した場所である事に変わりはないだろう。


次に、彼のいる自己世界しんいき

神域とは常世と現世うつしよの境界である。管理者が消えかけている今、その境界が揺らぐ事もあるだろう。


そして、彼の願い。

子から親へ。親から子へ。その流転する想いはきっと魔法少女むすめに近いモノがあったのだろう。


最後に、かつての少女の魔法ねがい

子が親へ向けた愛情。翳り一つなくただ純粋なその祈祷は神が耳を傾けるに相応しいだろう。




数多くの偶然が幾重にも重なり



起こらない筈の奇跡が



過去からの祈りが時を超え



一歩を踏み出した1人の父親に降り注ぐ。




⚪︎⚪︎⚪︎




そうして。


一度限りの魔力を纏った男が、紡ぐ言葉は長くない。


彼女の対面に立ち。

決して視線を外さない様に。




「お疲れ様でした。後は俺に任せて下さい」


「・・・・・・はい」




朗らかに笑った彼女は雲雀東風ひばりこちへと消えていった。









⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎


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モチベになります!


ブッカーズ編はこれにて終了です!


では!

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