第五話

 岩木は砂川から差し出された椅子に座って足を組むと、早速砂川に問う。

「で、どうしたんだ?わざわざ呼び出して」

 砂川は少し目を伏せがちに答える。

「一つだけ、お聞きしたい事が…副書記長から見て、あの男鳥海は書記長に値しますか?」

「…何が言いたい?」

「つまりですね、我々保守派も纏めて導く器量がある人物かと」

 岩木は全く笑えない冗談を聞いた時の様に、顔が曇る。

「何かと思えば…そんな事か。こんな話をするなら帰るぞ」

「重要な事でしょう。どうなんですか?」

「…お前が思ってるよりかは出来る男だと思う。逆に何がそんなに気に食わない?」

「…いや、そういう訳では…ただ、演説等で妙に啖呵を切ると言うか、そういう所で何か危なっかしさを感じまして」

「じゃあ書記長に直接言ってくれ…そろそろ帰るぞ」

 無言が部屋に数秒続いた後に、砂川が声を出す。

「しかし、岩木さんも何か感じているのでは?

 どこか危なっかしいと」

 岩木は振り返らず立ち止まって、話を聞く。

 砂川が更に話す。

「何か、この国自体を壊してしまいそうな…そんな感じがするんです」

 岩木は一瞬何か言いかけたが、直ぐに手をドアノブにかけた。

 ゆっくりとドアを閉めて、ドアの前で止まる。

 深く息を吐くと、また歩き出した。





 岩沼は鳥海に素直に問う。

「書記長、どうなんですか?本当に、四年以内に開戦するつもりですか?」

 鳥海は後ろにもたれ、一瞬目を逸らす。

「状況次第で如何にでもなる。やれるのであれば、するだけだ」

「…分かりました」

「第一、あんな軍拡、我が国では文字通り総力を挙げないと中々難しい。開戦を望んでいるのは、海軍もでは?」

「…さあ。我々はあくまで日本を守るだけですので」

「ハハハ、そうか。じゃあ、頑張ってくれ」

 そう言って、岩沼に退出を促す。


 ドアが閉まる音を聞いて、遠野が鳥海に問う。

「…大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、仮に本当に三年半で軍拡をするとしたら流石に保守派が黙って無いぞ。予算も通るか分からないし」

「大丈夫にするのがこの国を導く人間の仕事だ」

 そう言うと、鳥海は一度部屋を出ようとしたが、その前にノックが三回鳴る。

「入れ」

「失礼します」

「田代外務委員か、どうした?」

「台湾の共産党政府の波龍ブーロン外交官と会談して、少し気になる事がありまして」





 数時間前

 応接間に李を通し、話を始める。

「こんにちは、李外交官。日本人民共和国外務委員長、田代将康と申します」

「こんにちは、田代外務委員長。鳥海書記長は?」

「軍との面談を行なっている最中なので、私が代理として」

「そうでしたか。では書記長就任、お祝い申し上げますと、お伝え下さい」

「承知しました。所で、今回は随分急な来日ですね。何かありましたか?」

 簡単に会話を交わした後、田代が社交用の笑顔のまま、要件を問う。

 李は顎に手をかざして答える。

「最近大陸の民主党政府の動きが怪しく…一昨日も艦艇が台湾近海を航海したり、またこれは諜報部が掴んだ情報ですが、臨時の徴兵を行ったとの情報もありまして」

「成程…」

「ついては、万一有事になった際に、派兵を含めた軍事援助を要請したい」

「それは…一旦書記長と会談してから、公式に回答したいと思います」

「お願いします。ではソ連にも伝えねばならないので、今日はこれで」



「直ぐに書記長に話そうと思ったのですが、何やら忙しそうでしたので」

 田代から事の経緯を伺い、鳥海が顔を曇らせながら話す。

「一応同じ共産主義同盟コミンテルンの筈だが、改めて要請すると言うことは…」

 田代も顔を曇らせて言う。

「はい…有事に至る可能性は、かなり高いかと」

「分かった。改めて陸海軍の委員長と会談しよう。それまでまだ回答はまだ出さないでくれ」

 田代は頷くと、そのまま部屋を出る。

 それを見て、遠野にどう思うか鳥海が問う。

「遠野、どう見る」

「国共内戦で共産党政府が台湾に逃げて四年程経つが、早く無いか?」

「いや、国共内戦と朝鮮戦争で共産主義国家は何れも負けてる。我々もこのまま何もしなければ南日本に対して劣勢になるばかりだ」

「大陸側は勝ち目があると踏んだか」

「だろうな」




 部屋に来た陸海軍委員長に、其々先程の話を伝える。

 砂川は腕を組んで黙り、岩沼も何処か不安気だった。

「正直に問う。台湾への派兵は可能か?」

「太平洋を通って派兵する事になるので、相当の軍隊が無いとほぼ不可能かと」

「仮に派兵出来たとして、韓国軍や米軍、最悪国連軍が組織される可能性もあります…陸でも相当な劣勢になるかと」

「…不可能か?」

 二人の委員長は特に何の反応も出さなかったが、その沈黙こそが実現性を物語っていた。

「…分かった」

「ですが、ここで本当に見捨ててしまっては、次に狙われるのは我々ですぞ」

 砂川が言い出したのを、鳥海は止めずに聞く。

「勝機が全く無い訳じゃありません。効果的な防衛が出来さえすれば」

 岩沼が思わず反論する。

「陸は行けるかも知れないが、海はどうだ?太平洋には南日本や米海軍が居るんだ、簡単には突破出来ないぞ?」

「随分弱腰ですな」

「勝機が低い戦に国家を賭ける事は出来ないからな」

「書記長、如何しますか?」


 鳥海は深く息を吸うと、

「もう決めてある。私の答えは……」


 第五話 終







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