第31話

 騒がしい酒場の奥で、周りと隔絶されたような重苦しい雰囲気が漂う一角があった。黒いマントを羽織った男が4名と商人風の痩せた男が一人。リーズがここにいれば、商人風の男はネメスだと気づいただろう。着ているものは仕立てのよい服だが、多少汚れている。時折そちらに目をやる人もいるが、顔を見ては慌てて目を逸らす。この辺では知らない者のいない厄介者の集まりだった。

 その中の一人がドンとテーブルを叩く。

「だからあの時崖の下に降りて確認しておけば…。」

「そうは言うがな。貴殿も下りては行かなかったではないか。自分もやらなかったのに非難をするのはお門違いと言うものではないか?」

 その言葉に反論できず男は押し黙る。

「しかし、我らの顔が割れた訳ではないだろう。今まで調査が我々に及んでいなかったのだ。しばらくおとなしくしていれば大丈夫ではないのか?」

 場を和らげようとしたのか、別の男がさらに口を挟む。しかし、ネメスがすぐに首を振った

「それが、あの男の娘が冒険者ギルドの人間を連れて店に現れたのです。少し調べれば私が隊商の斡旋をしていたことくらいすぐに知られてしまいます。」

「それは我々とは関係のないこと。そうだろう?」

「そ、そんな…。」

 ネメスはがっくりと首を落とす。そもそもこの男が話を持ち込んできたのが悪いのだ。マントを着た男達は意味ありげに目くばせをしあった。


「ところで、どこかで赤い石を見なかったか。気づいたら剣から外れていてね。」

 一人の男が 剣の柄をちらっと見せる。そこには石をつけていた名残りなのか小さな穴が空いている。


「おい、それってまさか…。」


「ああ。俺の輝石だ。でもあの場所にはなかったんだよ。どこで落としたんだか…。」


 輝石は10歳になったお祝いを教会でする際、儀式として下賜される石である。ただ、高価なため、拝受できるのは貴族か裕福な商人くらいだ。様々な石が揃えてあり、誰に何を渡したのかも記録されるため、誰のものかすぐにわかってしまう。

 楽観的な男の様子と反対に、一人苦虫を噛み潰したような顔をしている男がいた。

「もし、この前の仕事の時に落としていたとしたら、お前が誰なのかわかってしまうな。王都の外に出ていた記録も残っているだろう?しかも我々と一緒だった。」


「あ、ああ…。でも狩りに行くと言った訳だし、途中で落としたとか言えば…」


「しかし、探られるのは不愉快だ。そうだな…代役を誰かにやってもらうか。おい、馬に乗れる冒険者を何人か雇えるか?」


急に話を振られたネメスは戸惑う。


「は、はい。雇えなくはないですが…。」


 何をするのか分からず首をかしげる男とは違って、隣の身なりのいい男は目を輝かせる。


「ふふふ、なるほど。そいつらが盗賊で、我々がその盗賊達を返り討ちにするのだな?」


「その通りだ。我らは隊商を作って商人どもを守ってやっていたが、それに腹を立てた盗賊どもが我らに向かってきて…。というわけだ。」


「それなら、あの生き残った男を黒幕にしましょう。」


 やっと納得したのかネメスが口を挟む。これに乗らなければ自分の命が危険なのを男も流石に理解していた。

「お前も知恵が回るではないか。よし、では手はずを…。」


 男達の話は日が変わるまで続いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ちょっと、リッテル!」


 ノックもせずにギルド長室にシェリルが踏み込むと、リッテルと話をしていた男が驚いた顔をして振り返った。穏やかな顔をしたこの男は見たことがある。しばらく考えて、シェリルは思い出した。イルだ。さりげなく間合いをとって話しかける。


「あなた、イルね?ちょっと聞きたいことがあるのだけれど。」


「その前に、黙って入ってくるのをやめてくれ。これでもギルド長の部屋なんだぞ。」


 リッテルが苦々しい口調で口を挟む。そんな苦情は遠くに放り投げ、さらにリッテルに質問をする。


「リッテル、この男はなぜここに?」

「ギルド長。ここまできたら話した方がいいと思いますよ。」


 シェリルの口調とは逆に、どこまでも穏やかな感じでイルはシェリルを見やった。


「まあ、そうだな。シェリル、こいつは敵じゃねえ。ギルド本部調査部の男でな。今回の盗賊事件を追ってたんだ。」


「本部調査部…。」


 王都ギルドのさらに上に、ギルド本部がある。全体の管轄をそこが受け持っているが、そこに直属してあるのが、調査部である。ギルド員の査察や、不可解な依頼の調査などを行っているとシェリルも聞いたことがあった。


「ええ。今回の盗賊については本部長からも直々に調査の話が出ましてね。私が冒険者として潜入調査を行っていた訳です。ただ残念ながら事件を防ぐことはできませんでしたが…。」


 アグレウスのところに行ったのは、未然に防ぐためだったのか。


「さすがに無料でもいいから一緒に、とは言えませんでね。変な前例を作ってはいけませんからね。しかも僕は採集専門で通してたので今更護衛しますとかいうのも変だし…。なのでこっそり尾行しようと思ったんですが、ちょっと引っかかることがあって調査してたら間に合わず…。まことにすみません。」


 イルは頭を下げる。しかし、どうにも本心から謝られている感じがしなかった。どうもこの男は胡散臭い。シェリルの気持ちがわかったのか、イルは胡散臭い顔でにっこり笑う。ため息をついてリッテルが口を開く。


「イルが言うには、今回の盗賊には貴族どもが絡んでるらしい。盗賊が出没する時に、決まって狩りに行く連中がいるんだと。」


「貴族…やっぱり。」


 リッテルが器用に片方の眉だけを上げた。


「なんだ。なんか情報があるのか。」


「だからここに来たのよ。新人冒険者の父親が最近盗賊に襲われていたの。でも護衛依頼をかけていなかったからギルドには話がきていなかった。でもその父親、生きていたのよ。」


「盗賊に襲われて生きていた例は始めてですねえ。盗賊の仲間なんですかね?」


 どうにもこの男の口調は勘にさわる。シェリルはイルを睨め付けた。


「違うわよ。崖から落ちて奇跡的に助かったらしいわ。盗賊も崖を降りてまでトドメをさそうとはおもわなかったみたいね。」


「ああ、なるほど。部下がいればやらせたんでしょうがね。」


 イルが納得したように頷く。


「で、その父親が言うには、相手は馬に乗っていたと。農民出の盗賊にはそんなことできないわ。できるとしたら…」


「騎士団か貴族かってことですな。後は証拠があれば…」


 シェリルの言葉の最後をイルがしれっと奪っていく。シェリルはポケットから赤い石を出した。


「これ、証拠にならないかしら。死んだガリアさんが持っていたのよ。」


「ふふん、輝石ですな。こんなものを落とすなんて馬鹿な男だ。まあ、そんな馬鹿だから盗賊なんてことを企んだんでしょうがね。ただ、どこかで落としたと言い張られたら逃げられてしまいますけどね。」


 見ただけで輝石と分かる、ということは、この男もそれなりの身分なのだろうか。自分をじっと見るシェリルにイルは肩をすくめる。


「昔、身分の高い家で奉公していただけですよ。お陰で貴族社会にもそれなりにコネがある。この仕事をするにはうってつけなんです、私は。」


「それほど歳をとっているようには見えないけれど?」


 どうみてもシェリルとそれほど変わらない。歳を取りにくい種族もいるので、血が混じっているのだろうか。


「まあ、昔と言っても5年ほど前ですから。それはそうと、その石については私が調査してもよろしいですか?」


 イルがまたにこりと笑って手を差し出す。ためらうシェリルにリッテルが言った。


「大丈夫だ。敵じゃねえ。嫌な奴だがこっちの損にはならねえよ。」


「嫌な奴なんて人聞きの悪い。僕は普通に話しているだけなんですがね。」


 しれっと言うイルに、シェリルは黙って赤い石を渡した。この男の強さなら、シェリルから奪うこともできるだろう。それをせずにシェリルが渡すのを待っていた。

 その行動だけは、信頼できるように感じたのだ。


「ああ、ありがとうございます。それからその父親ですが、匿った方がいいでしょうね。僕でも盗賊の仲間かと思ったのだから、黒幕に仕立てようとしてくるでしょう。死人に口なしとなってからでは遅い。」


 嫌な奴ではあるが、言っていることは間違ってはいない。


「…今、リーズに頼んでアイネを向かわせてるわ。」


 目を見開いた後、イルは声を立てて笑う。


「なるほど、良い手ですね。アイネお嬢様に手を出すのは貴族であっても危険だ。彼女を側室にしようとした貴族がいたらしいですが、今は病気療養中らしいですよ。恐ろしいですなあ。」


 恐ろしいのはギルドにありながらそこまで情報を仕入れてくるこの男の底知れない手腕だとシェリルは思ったが、何も言わず黙っていた。


「では、私はこれで失礼します。この石については明日中に調べてギルド長にお知らせしますよ。それから…」


「まだ何かあるの?」


 思わず口を挟んでしまったシェリルにイルは舌なめずりをするような顔をする。


「受付のリーズさん。彼女は調査部向きですな。この件が終わったらうちにぜひスカウトしたいのですが、よろしいですかな?」


「…お断りよ。彼女は村にギルドを作るのが夢だそうだから。」


「なるほどなるほど。では、その条件を満たせるようにすればよろしいのですな。考えておきましょう。」


 イルは何度もうなずくと、手を振ってギルド長室を出て行った。

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