第30話

「なるほど。確かに危険ね。」


 リーズの話を聞いて、シェリルは自分の迂闊さを呪った。盗賊に襲われた、ただ一人の生き残り。アリサのお父さんの話は聞いていたのに、今回の盗賊騒ぎと切り離して考えてしまっていた。もっと早く気づいていれば今回の件は回避できていたかもしれないのに。


「でもどうして今まで大丈夫だったのかしら…。」


 襲われてから三週間はたっているはずだ。


「それがどうやらお父さんは死んだことになってたらしくて…。」


 リーズは店主から聞いた話をかいつまんで説明した。お父さんが帰ってくるまでの期間、店主はあちこちの店に、うちの馬車が帰ってこない、だれか見ていないかと話を聞きまくっていたらしい。騎士団にも聞いたらしいが、盗賊が出たとは聞いていないとつっぱねられ、思わず店を閉めてしまったのだそうだ。周りからは喪に服していると思われていたのだろう。


 シェリルの心に火がつく。これは、チャンスだ。盗賊に関する手がかりが見つかるかもしれない。しかも、騎士団より先に!


「リーズ、今からアグレウスさんのところに行くわよ。それからアリサの家。それまでの護衛はエドワルドで大丈夫よね。家の周りの警戒も誰かに依頼しましょう。」


 矢継ぎ早に指示を出した後、シェリルはリーズを連れてギルドを飛び出した。



 アグレウスさんの奥さんは、気丈な人だった。家の中に運び込まれた夫の遺体を見て、しばらく泣きふしていたが、話を聞きたいと言うと目を赤くしたままこちらを向いてくれた。


「聞きたい…こととは?」


「アグレウスさんのところに、隊商に入らないかという誘いをする男は来ませんでしたか?」


 奥さんは目を見開くと、大きく頷いた。


「来ました。でもうちみたいな小さい店には払えない金額を言われて。だから、危険なのはわかっていて、ギルドに護衛依頼を…。それも高くて、ついランクを…。」


「本当に申し訳ありません。守りきれなかったのはこちらの落ち度です。」


 シェリルは何度となく頭を下げた。本来なら、条件が合わないからと依頼自体を受けるべきではなかった、とシェリルは思っている。危険なことは分かりきっていたのだ。


「あの、イルという冒険者が来ませんでしたか?」


 リーズが横から口を挟んだ。この前も話に出ていた冒険者だ。時折ちらりと見るだけで、あまりシェリルの印象には残っていない。


「イル…。ああ。昨日店に来ました。護衛を増やさないかと自分を売り込みに。断らなければよかったでしょうか…」


 奥さんの嗚咽が聞こえてくる。


「売り込み…。」


 リーズが呟く。売り込み自体は悪いことではない。しかし、タイミングが良すぎる。何故イルは知っていたのだ?


 シェリルの胸には疑問ばかりが積み重なっていった。



 アリサの家に着いた頃には、もう日が落ちていた。リーズが扉をノックすると、エドワルドが顔をだす。後ろにいるシェリルを見て驚いた顔をした。


「まさかシェリルが来るとはな。とりあえず入ってくれ。」


 リーズと一緒にアリサの家に入ると、扉はすぐに閉められた。エドワルドはそのまま扉の横の椅子に腰をかける。どうやらそこで警戒していたようだ。


「家の周りを警戒する依頼をギルドで出してきたわ。エドワルドにもギルドから依頼を出したから、後で手続きをお願い。」


「ああ。ただ、俺だけじゃなく、パーティー依頼で頼む。アリサにも手伝ってもらってるからな。」


 エドワルドの視線の先にはアリサがいた。食事用のテーブルの前に、男の人と座っている。あれがアリサのお父さんなのだろう。顔色はそれほど悪くなかったが、どこか憔悴した様子だ。アリサの腕からは細い薔薇色の糸が出ている。糸は家の隙間から外へと向かっているようだ。


「ひょっとして、糸で守ってくれているのかしら?」


 シェリルの言葉にアリサが頷く。


「家の周りに糸を巡らせて、糸に誰かが触れたら分かるようになってます。これなら私でもお父さんを守れるって、エドワルドさんが教えてくれたから。」


「そう。頼もしいわね。わかったわ。後でパーティー依頼に変えて届けさせるから。」


「ありがとうございます。お父さんは私が絶対に守ります。」


 母を亡くし、父もいなくなるのではと不安なのだろう。ぎゅっと強くにぎりしめられたアリサの手を父親がそっと叩く。


「アリサも大きくなったよなあ。まさかアリサに守られる日が来るとは思わなかった。」


「だってお父さんがいなくなったら、私…。」

「そうだな。でもアリサが冒険者になろうって思ってくれたから、護衛までついてくれた。全部アリサのお陰だ。ありがとな。」


 アリサの目が赤くなり、そのままふいと壁の方を向いてしまった。


「ところで、マテウスさん…でよろしかったかしら。ちょっと盗賊についてお話を伺ってもよろしいですか?」


 シェリルの言葉にアリサの父親は大きく頷く。


「もちろんです。アリサと私の命を考えれば、安いものだ。なんでも聞いてください。」


 マテウスに促されれるまま、空いている椅子に座ると、シェリルは盗賊に襲われた時の話を尋ねた。


「何人くらいいましたか?」


「うーん。何しろ矢で討たれて馬が騒いだのに気を取られていて…。でも射手は一人だと思います。ああ、それから前からも後ろからも馬が来てたな。多分2、3頭。」


「なるほど。では、大体5人から7人、と。全員馬に乗れるとすると、農民じゃないのかしら…。隊商を襲わないところを見ると、それほど人数はいないのでしょうね。襲ってきた人物の顔は見えましたか?」


「黒い頭巾みたいなのをかぶっていたからなあ…。顔は分からないです。ああでも、着てるものは良いものだった気がします。なんて言うか、身体に合ってた。」


 布を扱う仕事をしているだけあって、着ているものに注意が向いていたようだ。シェリルは内心首を傾げた。食うに困って盗賊になる者は多い。しかし、馬に乗れて、身なりも良いとはどういうことか。


 シェリルの背中をぞくりと悪寒が走る。もし、シェリルの想像が当たるならば。


「山狩りをしても何も出ない…」


 山に潜んでなどいない。あれは、むしろ「狩り」なのだから。


「リーダー?」


 シェリルの独り言を聞き咎めたのか、リーズがためらいがちに声をかける。それには答えずシェリルは考えを巡らせる。もしシェリルの考えが当たっているのなら、騎士団は盗賊を捕らえられず、最悪の事態、アリサ親子に害が及ぶ。彼らを逃すにも王都からは今は出られない。それならばいっそ、彼らが手出しをしにくいような方法を…。


 シェリルはぱっとリーズを見る。


「リーズ。いくつか頼まれてくれないかしら。」


「は、はい。」


 訳もわからずリーズは頷く。


「まず、ギルドに行ってエドワルド達のパーティーにギルドからの依頼書を作ってもらって。それから、魔術課に行って、アイネさんをここへ連れてきてちょうだい。ああ、その前にギルド長に伝言を頼むわ。ちょっと待ってね。」


 どこかのポケットに通信用の魔石があったはずだ。あちこち探していると、ポロリと赤い石が転がり出る。


「あら…。」


 忘れていた。ガリアが持っていたものだ。マテウスが広いあげると、怪訝な顔をする。


「珍しいものをお持ちですね。あなたの物ですか?」

「いえ。でも教えてください。これは何なのですか?」


 マテウスの話を聞いて、シェリルの顔に笑みが広がった。これは、切り札になる。


「元の持ち主を見つけることはできますか?」

「ええ、勿論。教会に行けばわかるはずです。」

「ありがとうございます。」


 教会は夜が明けてからの方がいいだろう。石をぐっと握ると、シェリルは立ち上がる。


「リーズ、やっぱり私も一度ギルドに戻ります。調べなければいけない事ができました。」


 反撃開始だ。

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