第25話
リーズの問いに答えず、アイネはどこからか出したレースのついたハンカチを手でもてあそんでいる。しばらくしてやっと決心がついたのか、アイネは口を開いた。
「クーランに伝わる古いお話ですわ。昔悪い領主に恋人を殺された男が、恋人そっくりの人形を作るのです。それはそれは想いをこめて。想いのこもった人形は生きているかのように動くようになり、領主に復讐をするというお話なのです。領主と対決する際に、人形は腕を切り落とされるのですけれど、そ、その手だけが領主目がけて動くのです。復讐を果たした後もその手だけが見つからず、夜な夜な白い手だけが屋敷の中を動いていると…。」
「いやそれ、ものすごく怖いですよね?」
屋敷を徘徊する白い手。想像するだけで、とても怖い。夜中に起きて白いものをみたら、悲鳴をあげてしまいそうだ。
「ええ。聞いた日はもう寝るのが怖くてセバスチャンに…。」
話すぎたのに気づいたのか、アイネは気を取り直すようにコホンと咳払いをする。
「と、とにかく。想いをこめることによって、物を動かすスキルがあるということですわ。『糸使い』というからには、糸限定の遺伝スキルなのでしょう。何代か離れて発現することも遺伝スキルにはよくあることですから。」
「つまり、想いを込めて糸を紡ぐと、動かせるようになると。」
「そういうことですわね。できれば、糸だけで済ませていただきたいですわ。」
アイネは幽霊とか動く物体がどうにもダメらしい。手にしたハンカチはすでにクシャクシャだ。アリサのスキルをみたら、悲鳴をあげるんじゃないだろうか。
「『想い』と『魔力』って結びつきやすいと思うんだよね、ボクは。」
突然ペルーシャが口を挟む。
「結びつく…? 面白いことをおっしゃいますのね。」
アイネはワインを一口飲んでから首を傾げる。
「そうかな? さっきの話でそう思ったよ。人形なんて何もしなきゃ動くわけがない。じゃあ、どうやって動かすのかってうと、ボクは魔力だと思う。自分の魔力を移して動かしてる。」
リーズはただの怖い話だと思って聞いていたけど、ペルーシャは別のことを考えていたらしい。
「でもなんでもできるわけじゃなくて、そこに強い『想い』をもたせていると魔力がうつりやすくなるんじゃないかな。ほら、色を染めるときに別のものを混ぜると色がのりやすくなるとかあるじゃないか。」
リーズはアリサの糸のことを思い返す。彼女はいくつか糸を取ったが、動くようになったのは最初の一つだけだった。初めてだったからそれはそれは真剣に糸を取っていた。その思いが魔力と共に糸に伝わった…。そう考えると確かに説明がつく。
アイネはアイネで手を握ったり開いたりして何かを考えているようだったが、納得したようにペルーシャを見る。
「面白い考えですわ。『想い』の強さで魔力の発動が変わると言うことですわね?検証してみる価値がありそうですわ。早速明日から調べてみます。…いっそのこと、魔術課にいらっしゃいません?あなたのその発想があれば、魔法はさらに発展すると思いますわ。」
「それは無理。ボクには魔力がないから。」
さっくりとアイネの誘いをペルーシャは断る。
「あったらボクは魔力で薬草の威力を上げられる方法を研究してるよ。ボクの一族には魔力のある子は生まれないんだ。」
リーズの村にも魔力のない人はいた。人によるのかと思ったが、それだけでもないのかもしれない。
「そういう方もいるのですね。残念ですが仕方ありませんわ。」
アイネが肩をすくめる。
「まあ、ないからこそできる工夫もあるし。治癒師にはなれないけれど、薬屋だからこそできることがある。ボクはそれで十分だよ。」
「薬…そうだ!怪我の状況を聞いてきたんだった!」
リーズが思わず大きな声をあげると、ペルーシャがパチパチと瞬きした。
「ああ、この前話してた人か。怪我の様子はどうだって?」
「やっぱり中級ポーションを飲んで動けなくなってたみたい。急斜面から転がり落ちたから、身体中アザだらけ。あと腕を骨折してた。」
「ポーションを飲んでアザが全部消えてないってことは、大分強く打ったんだな。後は骨折か。」
ペルーシャはどこからか出した紙に何事か書きつける。しばらく考えてうなずくとリーズをみた。
「材料もあるから明日には作れそうだ。薬を持ってくから届けてあげて。」
「ありがとう! …んん?」
その時、屋台の外を通った人がふと気になってリーズは目を凝らした。あれは、イルさんだ。リーズは無意識に自分の顔が見られない様、身体の位置をずらした。一緒にいる人もギルドで見たことがある。二人とも飲んでいるのか機嫌よく話しながら歩いていた。あれは誰だったろうか。名前が思い出せない。
「ねえ、アンドルー。あそこ歩いてるのってイルさんと誰だっけ?」
「え?」
アンドルーがリーズの指差す方をみる。
「ああ、ガリアさんだ。珍しい組み合わせだな。」
アンドルーの言葉に首をかしげる。仲が悪いようには見えないのだが。
「ガリアさんは護衛とか魔物退治が冒険者の仕事だってそっちの仕事しか受けないんだよ。イルさんとむしろ正反対。」
「強いの?」
「確かランク…Dだったかな?うちの店も贔屓にしてくれててね。この前護衛の仕事が入ったって喜んでた。あれ、終わったのかな。」
「何か気になりますの?」
「うん、まあちょっと。」
アイネの言葉にリーズは言葉を濁した。別にイルさんは何もしてはいない。でも喉に小骨が刺さったようにどうにも気になるのだ。何も起こらなければいいな、とリーズは思った。
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