第10話 親友
梅雨寒の日が続いたかと思えば、今日は久しぶりに太陽が顔を出し、蒸し暑い一日となった。教室の窓は開け放たれ、港から吹く湿った風が時折カーテンを揺らしている。先週の加奈の「好きな人」発言以来、俺の心の中は未だに梅雨空のように晴れないままだが、学校生活はいつも通りに進んでいく。
昼休み。俺が謙介や遼たちと、次の体育祭の話題(気が早いが)で盛り上がっていると、ふと教室の前方で加奈が誰かと親しげに話しているのが目に入った。相手は、見たことのない女子生徒だ。すらりとした長身に、肩にかかるくらいの長さの、綺麗に整えられた黒髪。白いブラウスを上品に着こなし、どこか大人びた雰囲気を漂わせている。
誰だろう? どこかで見たことあるような… そう思っていると、加奈が俺たちの視線に気づき、手招きをした。
「あ、雪村くん、ちょうどよかった。こっち来て」
俺と謙介、遼は顔を見合わせ、加奈たちの元へ向かう。
「紹介するね。こっち、私の大親友の
加奈に紹介され、その女子生徒…西条美沙希は、優雅な仕草でぺこりとお辞儀をした。
「久しぶり、西条美沙希です。加奈とは中学の時もお友達なの。加奈から、あなたたちの話はいつも聞いてましたわ」
その声は落ち着いていて、少しだけ甘い響きがある。綺麗な顔立ちと相まって、確かにお嬢様っぽい雰囲気だ。彼女もまた幼稚園と小学校が同じであった。
「久しぶり。雪村恒成です…」
俺は少し緊張しながら自己紹介する。隣で謙介と遼も「佐藤謙介です」「寺田遼っす!」と続いた。
美沙希は、俺の名前を聞いた瞬間、ほんのわずかに目を瞠り、動きを止めたように見えた。だが、それも一瞬のこと。すぐに完璧な笑顔に戻り、「雪村くん、久しぶり。」と手を差し出してきた。え、握手? 戸惑いつつも、俺はその白くて細い指先にそっと触れた。ひんやりとしていて、少しドキッとする。
「美沙希ったら、わざわざこっちのクラスまでどうしたの?」
加奈が尋ねる。
「ちょっと加奈に用事があって。」
美沙希はそう言って、意味ありげに俺を見た。一体どんな話をしてるんだか…。
加奈と美沙希は、その後、俺たちをそっちのけで二人だけの世界に入ってしまった。時々、美沙希が加奈に何かを耳打ちし、二人でくすくす笑っている。その親密な雰囲気に、俺は少しだけ疎外感を覚えた。本当に仲がいいんだな、この二人。
しばらくして、美沙希は「あら、もうこんな時間。私、次の授業の準備があるから戻るわね」と立ち上がった。
「それじゃあ、加奈、また後でね。…雪村くんも、他の皆さんも」
美沙希は俺たちにも丁寧に挨拶すると、最後に俺に向かって、こう付け加えた。
「加奈のこと、よろしくね?」
その笑顔は完璧だったが、どこか探るような、含みのある響きがあった。
「え? ああ…うん」
俺は戸惑いながら、曖昧に頷くしかなかった。
美沙希が教室を出ていくと、すかさず加奈がニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。
「久しぶりだったでしょ? 私の親友、美沙希。すっごく綺麗でしょ?」
「…まあ、そうだな。久しぶりではあった…」
「へえー? 恒成くん、やっぱり美沙希みたいな、お姉さんっぽい美人がタイプなんだ?」
「は!? ち、違う! 別にタイプとかじゃなくて…!」
しまった、またこいつのペースだ! 俺は顔が熱くなるのを感じながら、必死に否定する。謙介と遼は、また始まったとばかりに面白そうにこちらを見ている。
西条美沙希。加奈の親友の転校生(隣のクラスだけど)。彼女の登場で、俺の日常にまた一つ、新たな波紋が広がった気がする。加奈の「好きな人」の件もまだ片付いていないというのに…。
夏の気配が少しずつ濃くなってきた教室で、俺の悩みは、梅雨時の湿度みたいに、じっとりと増えていくばかりだった。
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