第40話 選択の砂海 ― 崩壊する因果律
ミラーシティを後にして三日。空は赤く霞み、地平線まで砂の海が広がっていた。風が吹くたびに、砂粒が光を反射して、まるで時間そのものが舞っているように見える。ここは“選択の砂海”。
ノアの報告が頭に響いた。
《警告:この領域では、過去に“選ばれた選択”が物理化し、堆積しています。——過剰な干渉は、因果律の崩壊を招く恐れがあります》
「つまり、ここには“過去の選択”が埋まってるってことか」俺は砂を掴んだ。掌の中で砂粒が光り、無数の映像が瞬いた。戦い、涙、笑い……どれも見覚えがあった。全部、俺たちが歩んだ可能性の断片だった。
「うわっ……」ナギが息を呑む。「砂が、音を返してる……」
砂の中から、過去の音がこぼれ出していた。ナギが奏でた旋律、リィナの笑い声、ノアの報告音。風の中で混ざり合い、やがて奇妙な和音を作る。
「これ……“未来の音”と干渉してる」ナギの手が震える。
《警告:観測干渉検出。未来波との逆相共鳴発生》
次の瞬間、リィナが膝をついた。瞳が強く光り、呼吸が乱れる。
「未来が……見える……でも、壊れていく……!」
「リィナ!」
彼女の周囲に砂嵐が立ち上がり、未来の断片が飛び散る。幸福な景色、破滅の街、誰かの泣き声。全部が同時に存在しては消えた。
「これは……未来が選ばれすぎて、崩壊してる」俺は歯を食いしばる。
ノアが低く告げた。《調律必要。——選択の波を一度“無音化”してください》
「無音化……つまり、選択を一旦ゼロに戻せってことか」
俺は深呼吸し、砂の音を聞いた。リィナの光が暴走し、ナギの笛が軋む。ローウェンの風が砂嵐を押さえようとするが、風自体が未来の残響に呑まれそうだった。
「黒(ノア)——“全抑制モード”!」
《了解。全共鳴制御、開始》
黒い光が広がり、砂の音が一瞬で消えた。風も止まり、世界が静寂に包まれる。
そして——音が戻った。今度はひとつの旋律。ナギの笛と、リィナの光、ローウェンの風、ノアの拍が重なり、砂が穏やかに沈んでいく。未来も過去も混ざらず、ただ“今”だけが響いていた。
《因果律、安定。観測域、再構築完了》
「……助かった……」リィナが額の汗を拭う。
「無理するな」
「大丈夫。未来は、まだ“選べる”」彼女は微笑んだ。
そのとき、砂の下から何かが光った。俺は掘り出す。そこには、黒い結晶が埋まっていた。中心には“NOIR_REBOOT//03”の文字。
《検出:ノワール断片。新しい位相コードです》
「またノワールの……」ナギが呟く。
「いや、違う。これは“ノワールが見た未来”だ」
結晶が砕け、光が空へと昇る。砂の海全体がうねり、空に巨大な文様が描かれた。ノアの声が低く響く。
《座標更新。次観測地点——“記録の逆流域”》
「逆流……?」ローウェンが呟く。
「つまり、過去に“現在”が干渉する領域だ」俺は砂を握りしめた。
「時間が、逆に流れるってこと?」リィナが目を見開く。
「そうだ。次は、“過去が未来を観測する場所”だ」
砂海の風が吹き抜ける。砂の中で誰かの声がかすかに響いた。——「まだ、終わっていない」。
俺たちは光の方へと歩き出した。選択の砂が足元でざらりと鳴る。その音は確かに、未来へ続く鼓動のように聞こえた。
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