第39話 ノイズの街 ― 過剰選択都市

 再生された世界の東端に、その街はあった。

 名は“ミラーシティ”。ガラスのように光を反射する建物が並び、空に浮かぶ広告が常に誰かの選択を促している。——選べ、買え、決めろ。

 すべてが“最適化”されたはずのこの世界で、唯一、選択が過剰に溢れている場所だった。

「……ここだな、ノイズ発生源」ローウェンが風を読む。空気の層が重く、揺れている。

《観測報告:ミラーシティは選択負荷指数が限界値に達しています》ノアが告げる。

「限界値?」ナギが眉をひそめる。「選択が多すぎて、世界がバグってるってこと?」

《正確には、“選択が自律化”しています》

「自律化……?」リィナが首を傾げる。

《はい。意思を持たないはずの“選択肢”が、自己保存を始めています》

 通りを歩くと、看板やAI案内人が勝手に喋り出した。

「ようこそ。あなたに最適な道を提案します!」

「おすすめルートを更新しました!」

 選ばなくても、選択が“押し寄せてくる”。

 俺は目を細める。「……これが“選択の過剰”か」

 街の中心に巨大な塔があった。かつて通信塔だったそれは、今では“意思決定ノード”と呼ばれている。ノアの光がわずかに揺れる。

《中心コアから高密度の残響を検出。ノワール由来のデータ反応を確認》

「ノワールの……残滓?」リィナが囁く。

《はい。ただし、形式が異なります。——これは“模倣”です》

 塔の根元に足を踏み入れると、空間がねじれた。目の前に無数の“俺たち自身”が映し出される。選ばなかった過去の自分たち。沈黙した笑顔、怒り、迷い。

「これ……全部、俺たちが捨てた“選択肢”か」

 ノアが告げる。《過剰選択現象、発生中。抑制には再調律が必要です》

 リィナが目を閉じた。光が塔の回廊に広がり、ナギが笛を鳴らす。音が共鳴し、ローウェンの風が層を削る。

 俺は黒を放った。選ばれなかった“声”が弾ける。無数の俺が消えていき、ひとつの音だけが残った。

《再調律完了。選択指数、安定域に復帰》

 街の空が晴れた。広告が静まり、光の乱反射が穏やかに収まる。

「……終わった?」リィナが尋ねる。

《はい。ただし、ノイズは完全には消えていません。中心層に新たな観測者を検知》

「新たな観測者?」俺は眉をひそめた。

《識別名:NOIR_REBOOT//02》

 ナギが口笛を吹く。「また来たな、ノワール」

 ローウェンが空を見上げる。「どうやら、世界は“選び続けたい”らしい」

「なら、俺たちが調律してやろう」

 ミラーシティの風が吹き抜け、黒い羽がひとつ舞い落ちた。

 ノアが静かに呟く。《観測モード継続。次座標——“選択の砂海”》

 旅は、再び始まった。

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