第3話 階層外の怪物、獣鬼との死闘
ゴブリンの群れを掃討した静寂は、束の間だった。
通路の奥から、ずしん、ずしんと床を揺らす足音が近づいてくる。低い咆哮が響き、空気が震える。ゴブリンのような軽い気配ではない。もっと重く、濁流のように押し寄せる圧迫感。
ランタンの明かりに浮かび上がったのは、獣と鬼が混ざったような異形。二メートルを優に超える体躯、隆起した筋肉、牙の並ぶ口。毛皮の隙間からは赤黒い皮膚が覗き、片手には鉄塊のような棍棒を握っていた。
「……オーガ級?」
こんな低層に現れるはずがない。探索者協会の資料では、五階層以降の危険区域でしか出現しないとされていたはずだ。俺は思わず喉を鳴らす。
獣鬼は咆哮と共に突進してきた。地響きに似た振動。俺は咄嗟に身を翻すが、棍棒が壁を叩き割り、石片が弾け飛んだ。防御に回れば即死。避け続けるしかない。
「……速い!」
巨体に似合わぬ俊敏さ。第一次覚醒で反応速度は格段に上がったはずなのに、余裕がない。息が荒くなり、背筋に冷たい汗が走った。
——まだ足りないのか。
攻撃をかわすたびに、かつての自分を思い出す。何もできず、仲間の背中に隠れていた頃。酒場で「Fランクの面汚し」と笑われた夜。悔しさと恥辱を飲み込んできた十年分の記憶が胸を突く。
「もう……逃げない!」
俺は正面から踏み込んだ。獣鬼の棍棒が振り下ろされる。衝撃で耳が割れそうになるが、足が勝手に前へ出た。短剣を突き上げ、棍棒の軌道をずらす。火花と共に手首が痺れた。だが隙はできた。
一閃。
刃が獣鬼の脇腹を裂いた。だが深くは届かない。肉の壁は厚く、逆に棍棒の返しを食らって吹き飛ばされる。背中を壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜けた。視界が揺れる。
「ぐっ……!」
それでも立ち上がる。膝が震えても、心は折れていなかった。今までの俺なら、ここで地面に這いつくばり、死を待つだけだっただろう。だが今は違う。胸の奥で、まだ眠る“次”の覚醒の気配を確かに感じている。
「俺は……三度目覚める者だ!」
叫びと同時に再び突撃する。足音が軽い。獣鬼の棍棒が唸りを上げるが、もう遅く見える。俺は地を滑るように低く潜り込み、短剣を逆手に構え、顎を狙った。
刃が肉を裂き、獣鬼が絶叫する。巨体がぐらりと揺れ、棍棒が床に叩きつけられた。さらに追撃。喉、胸、心臓へと畳みかける。
「——これで終わりだ!」
最後の一閃で獣鬼は崩れ落ちた。通路に轟音が響き、砂埃が舞う。俺は肩で息をしながら、その巨体を見下ろした。
……勝った。
全身が痛みで悲鳴を上げているのに、不思議と心は澄んでいた。自分が確かに“生き残れる存在”になったことを理解していた。
そのとき、死骸の胸元が淡く光った。割れた皮膚の中から転がり出たのは、漆黒の魔石。普通の淡い輝きではなく、闇を吸い込むような色。俺はそれを拾い上げた。冷たく重い感触が掌に広がる。
「……これが、覚醒の鍵か?」
二度目の目覚めを予感させる、不気味な輝きだった。
俺はその魔石を腰袋にしまい、深く息を吐いた。戦いは終わった。だが本当の始まりは、これからだ。
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