3度覚醒したモブの逆転無双 ~Fランク探索者、隠し通路の秘宝スキルで成り上がる~
杏朔
第1話 ソロFランク、誰も知らない扉を開ける
俺の名前は神谷レイジ。万年Fランク、雑用専門、ギルドの掲示板で一番安い依頼にしか名前が載らない男だ。今日も例外なく、都心外れの低難度ダンジョン《雑木林の穴》へソロで潜る。目当ては、初心者が拾い残した素材や、小銭にしかならない魔石だ。
入口の監視員はいつものように生返事をよこす。「ああ、レイジくんね。帰りに生存報告、忘れないで」——十年もFのまま続けていれば、心配よりも事務的な口調になるのも仕方ない。
俺は錆びた短剣と古びたランタンを腰に、薄暗い一階層を進む。ゴブリンも出ない。時折、壁の苔が淡く脈打つくらいで、眠気を誘う静けさだ。こういう、誰も真面目に探索しない低層には、ときどき“落とし物”がある。俺はそれだけを頼りに生きてきた。
——そのとき、床の石畳が「コトン」と沈んだ。
反射的に身を引くと、正面の壁がわずかにずれ、冷たい風が頬を撫でた。土埃の向こうに、細い裂け目。ランタンの火を差し入れると、狭い通路が奥へ続いているのが見える。
「……隠し通路?」
こんな低難度に? 信じがたいが、目は嘘をつかない。俺は胸の鼓動を抑え、隙間に体を滑り込ませた。通路は人ひとりがやっと通れる幅で、足音が吸い込まれていくように静かだ。壁には古い刻印——連続する三つの円と、その中心を貫く線。
やがて行き止まり。丸い石扉。表面に、先ほどの刻印と同じ模様が彫られている。試しに三つの円を順に押すと、内部で仕掛けが動く重い音。石扉が外へ吹くように冷気を吐き、ゆっくりと開いた。
部屋の中央には、黒曜石のように黒い台座。上には掌ほどの透明な結晶が載っている。ランタンの光を受けると、結晶の中で三層の輪が重なり、微かに回転して見えた。
俺は思わず唾を飲む。罠の気配は……ない。少なくとも、俺のつたない感知では何も拾えない。
「行くしか、ないよな」
指先でそっと触れる。瞬間、視界が白に灼けた。
——覚醒条件、確認。第一次覚醒を開始。
声が、頭蓋の奥で直接響いた。次いで押し寄せる熱。皮膚の下で何かが弾け、筋肉が細かく震える。倒れ込み、歯を食いしばる。長い、長い一息の果てに、白は静かに退いた。
目の前に半透明のウィンドウ。
【覚醒スキル:三重進化(トリプル・エボリューション)】
意味を理解するまでに数秒を要した。詳細を展開すると、文字が走る。
このスキルは三段階の覚醒を許可する。第一次覚醒では基礎能力を大幅に強化し、探索・戦闘・回復の適性を底上げする。第二、第三覚醒は条件達成時に開放。
俺は無意識に拳を握った。軽い。体が、嘘みたいに軽い。視界の解像度が上がったみたいに、岩肌の細かな亀裂まで読める。耳の奥で、苔が滴る音が粒立って聞こえる。
……夢じゃない。俺は本当に、手にしてしまったのか——誰も知らない、隠し通路の奥の力を。
ふと、部屋の隅にある石碑に目が止まる。苔を拭うと、古い文字列が姿を現した。
《三を以て、一を極む。退くなかれ。恐れるなかれ。進む者のみ、三たび目覚める》
「……三度、目覚める?」
頭の中で“三重進化”の文字が、脈を打つように明滅する。第一次覚醒だけで、これほど体が変わるのか。なら、二度、三度と進めば——。
背筋が粟立つ。怖さより先に、十年分の鬱屈が甘く泡立った。
ずっと笑われてきた。足手まとい、荷物持ち、草むしり。名前を呼ばれるのは報酬が未払いのときだけ。けれど俺は、ここまで来た。誰も見つけられなかった扉を、開けたのは俺だ。
立ち上がる。短剣を握る。重心が自然に落ち、足が床を捉える感覚がいつもと違う。試しに空を薙ぐと、刃が空気を裂く音に厚みがあった。
そのとき、外の通路から濁った息遣いがした。気配が速い。一体、二体……いや、群れだ。隠し通路の異変に引かれたのか、ゴブリンどもがこちらに集まりつつある。
「——ちょうどいい」
俺はランタンの火を吹き消し、暗闇に目を慣らした。心臓は静かだ。恐怖は、ない。
初めての“今の俺”を、試すには十分だ。
扉の前に立ち、息を一つだけ整える。十年分の屈辱も、石碑の言葉も、ぜんぶ胸の中央にまとめて、鋭い一点へと圧縮する。
「Fランクのまま終わるつもりは——もう、ない」
足が床を蹴った。暗闇へ、俺は飛び込む。
ここから始まる。三度覚醒するモブ探索者の、誰も知らない逆転無双が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます