第22話 甚内の策略
◆試合後の裏口
「ダーリン!お祝いしましょう!お祝い!」
試合後の取材だの何だのを終えた俺が、裏口から帰ろうとドアを開けると、美谷さんがニコニコ顔で待ち伏せしていた。
「あ、うん。ありがとう。ただ少し疲れたし、このまま帰ろうかと」
純粋に勝利へ対するお祝いというのならば、いくら美谷さんでも無碍にはできない。
「それはそうよね!大丈夫よ。お祝いは来週の日曜日に行うから。絶対に空けておいて!!」
嫌な予感がMAXだ。わざわざ日にちを指定してくるとは何事だろうか。突然、『私のダーリンを紹介します!』なんて、お祝いの場で皆に向かって言い出しそうで怖い。
俺が戦々恐々としていると、ブッブッーとクラクションが鳴る。見慣れた黒いワゴンは真柴さんのものだった。
「よお、帰るんだろ?乗れや。王者を電車で帰すわけにもいかねえだろ」
「真柴さん、ありがとう御座います」
「お嬢様はどうされますか?宜しければ、ご自宅までお送りしますが」
「ありがとう御座います。ですが、今回は結構です。今から大会関係者たちとの会食も有りますので」
「そうですか。それでは失礼します」
美谷さんは、車内に乗り込んだ俺へとフリフリと手を振る。
「ダーリン。快勝だったとはいえ、しっかり休んでちょうだいね」
俺がコクリと頷くと、車は発進していった。
その車の中で、真柴さんは「おめでとう」。その一言だけを言うと、無言でハンドルを操作する。
何かを思い出すかの様に、遠くを見つめながら。
◆真柴と甚内の通話
「甚内様。どうして、あんなのを上桑に当てたのですか?貴方がその気ならば、あのフランス人を跳ね除ける事は容易だった筈です」
「真柴君。君の想いは理解しているつもりだ。どうやら、あの小僧にお熱らしいな」
電話越しに聞こえてくる甚内のその声は、決して弾んだものではないが、どこか愉快そうだった。
「……それが何か?」
「まあまあ、そう怖い声を出しなさるな。寧ろ、ワシは君の味方じゃよ」
「どういう事です?」
「君はあの小僧に負けて欲しいのじゃろ?それはワシとて同じ。ただのお、憎たらしい事にあの小僧、中々やりよる。前回の刺客はレスリングのオリンピック候補にまで上り詰めた者だ。それが実践戦闘に興味を抱き、ワシのところの門下生となった」
「はあ……」
何を言いたいんだ?真柴の眉間にシワが寄る。
「つまりな。それ程のバックボーンを持ち、ワシの下で修練を積んだ者が不意を付いても、簡単に負かされた……だからの、ワシは少しだけ本気を出す事にした」
「本気ですか?」
「今回のフランス人は、小僧を油断させる為の仕掛けじゃよ。奴がどれ程の達者でも、一介の高校生という事に変わりはない。大きな舞台で快勝すれば慢心も起こるし遊びたい盛り。誘惑は尽きんじゃろ」
「随分と回りくどいことをされるのですね。では一体、次は何をされるおつもりで?」
「簡単なことよ。小僧に楽しい高校生活を送って貰うだけのこと。ちとばかし、ほろ苦いな」
ククク。そんな笑い声が聴こえたまま、通話は終了した。
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