第21話 初の防衛戦
◆試合当日
『アンドレ選手速い!リングを縦横無尽に駆け回ります!これは、上桑チャンプも攻略するのに苦労しそうですね!』
『はい!王者は、経歴も経験値も大きく差を付けられています。若き王者がどこまで喰らいつけるか。フレッシュな戦いに期待ですね』
そんな解説を、社内のパソコン越しに聞いていた真柴は、つまらなさそうに溜息を吐いた。
「フレッシュな戦いねえ」
「何だ?えらく不服そうだな」
「社長もご存知でしょう?あの黒人が選ばれた経緯を……俺は、そもそも反対だったんですよ」
「まあな。フランスの格闘技団体からの抗議によるものだったか?スポンサーの影響で、日本人を贔屓してんじゃねえよ!っていう」
「ええ……ったく。大切な防衛戦の初戦だってのに」
本日2度目の溜息は、先程よりも更に大きいものだった。
「なんでこんな雑魚と」
◆リングの上にて
(確かに速い……けど)
上桑は足を止めて、ガードを上げながらアンドレを観察していた。
この人の試合。恐らく、ネットに上がっているものはすべて見たはずだ。左ストレートによるKOが全体の7割を締めていた。
上桑が観察しているのは、画面越しでは分からない強さだ。
パンチのスイングスピードが速いようには見えなかった……でも倒していた。それは恐らく、拳が異様に硬いとか、死角から入ってきて見え辛い、などの事情があってのことだろうと。
(普通に弱くないか?)
防衛は出来なかったが、ラジャダムナンのチャンピオンだ。かなりの強さを想定していたのだか、肩透かしを喰らった気分だ。最も気は抜けない。これが演技の可能性もある。
取り敢えずやってみるかと。向かってきた左ストレートを右手でパリングすると、右ミドルを放った。
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げたのは上桑だ。彼の右ミドルは、カウンターとしてアンドレの肋骨にめり込んでいたのだから。
「ぐうっっ!」
顔を歪めるアンドレ。これも演技なのか?いや、重心の位置も肩の下がり方も、全てが演技とは思えなかった。
「シッ!シシイッ!」
そこから上桑は基本であるワン・ツーを繰り出した後、
ドゴッ!!という鈍い音が響いた時、アンドレはリングに倒れ込み腹部を抑えながら悶絶していた。
◆会社内にて
「ほら、やっぱりこうなった」
真柴はつまらなそうに言うと、スマホを弄り始める。
「真柴。お前、分かっていたのか?」
「調べた所、上桑と違ってアイツこそ真正の運野郎ですよ。たまたま強い選手たちが移籍や怪我で居なくなったスタジアム。そこから国同士の利権云々で、あっという間に王者決定戦に潜り込めたんですから」
ふざけんな!と、タバコを燻らせながら真柴は内心毒づく。
「あ〜、また運で勝ったとか思うじゃねえか!」
【上桑幸運─1R1分57秒─KO勝利─初の防衛戦を快勝で飾る 】
そんなネット記事が、数十分後には掲載されていた。
その圧倒的な才能すら、彼の望む「普通の日常」を手に入れるための邪魔にしかならないことを、上桑はまだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます