えっ、魔王倒してしまったんですか!!!???
詩一
第一話 女神カナ
「えっ、魔王倒してしまったんですか!!!???」
目の前の女神は、長い金髪を振り乱し碧眼を剝きだして驚嘆の声を上げた。思ってたんと違うリアクションに俺の方もパニックになる。
「あ、あれ? そういう話じゃなかったっけ?」
情報を整理する。数か月前、女神・カナに招かれて、この世界と世界の狭間の空間に来た。白を基調とした神殿風の建物に、地肌が透けるほど薄い羽衣をどこから吹いているのかわからない風にたなびかせながら現れた彼女を見て、疑う余地もなく女神だと思った。おっとりした口調で目を閉じたまま彼女は語る。
「あなたは世界番号8120034――『メラン』の民に招かれました。民の意思に応えるべくわたくしが『チキュウ』から呼び寄せたのです。あなたには大いなる使命が与えられるでしょう。この指輪とスキルはわたくしからの贈り物です。幸運を祈ります」
言葉通り俺はメランへ転送され、王から魔王討伐を依頼された。これが大いなる使命か。悪くない。喜び勇んで飛び出して、仲間を集めて戦った。道中つらいこともあった。スキルが戦闘向きでないことから無能と呼ばれ、仲間にも裏切られた。でも最後は魔王を倒して大団円。うんうん。これが異世界転移ってやつだよな。つらかったが楽しかった。目的は達成したし一旦カナに報告でも入れておこうと思って戻ってきた。各地に置かれた女神像に、女神の指輪を嵌め込むことでここにワープできるのだ。使い方は指輪を装備したときに頭に流れて来た。
「いや、待って待って。早とちりもいいとこですよ。え、ちょっとまっ、え、ちょ、ちょっとぉ……なんかもうちょっとぉ」
「ご、ごめん」
「うちの世界はスローライフが売りなのです。それなのに魔王を倒してしまって、この世界は良かっただの悪かっただの異世界評論家みたいなことを発信されても困るのですよ! こっちからしたらね、そんな人に提供する異世界なんてないのですよ!」
カナは絶叫してうなだれた。それからガバッと顔を上げ、目の前で指を立てた。怒りの形相であるが中指ではない。
「命じます。メランに戻って魔王を蘇生してきなさい。その選択以外にはありません」
「……あの、スローライフが売りなんですよね? だったらこのあと、魔王のいない世界でスローライフを送るという選択はないのでしょうか……?」
ギンッ!!
という擬音が両眼から聞こえた。視線ってこんな風に鼓膜を揺さぶることもあるんだ。
「なぜメランに魔王がいるのかご存じでしょうか?」
「人間の王みたいに魔族を統括するためにいるんじゃないの?」
「人間の負の感情の受け皿になるためです」
カナは言い切った。
「受け皿?」
「地震、
「実際に魔王のせいなんじゃないの?」
「魔王が悪さをしているのを見ましたか?」
「いや、見てない。でも、地震も不作も洪水も竜巻も増税も魔王のせいだってみんな言ってた……けど、そうじゃあないってこと……?」
「
ズドン——と膝から崩れ落ちた。あまりのことに受け身も取れず大理石の床に顔面を強打した。突っ伏したまま床に向かって叫ぶ。
「マジかよぉおおおお!!」
頭を抱えて転がった。
「お、俺は、思い込みで罪もない魔王を……!?」
「そういうことになります」
「オーマイガー!」
「なんですか?」
女神の前で言うことじゃなかった。
「本来その思い込みは必要でした。受け皿になるためには、魔王が本当に悪だと信じ込まないといけないですからね。しかしあなたまでもが思い込んでしまうとは……ああ、今頃魔王がいなくなったのに地震も不作も洪水も竜巻も増税もなくならなくて、人々は混乱しているでしょうねぇ」
彼女は遠くを見るように虚空を見つめた。
「俺が思い込むのは仕方なくねえか? 王にも頼まれたんだし。最初に説明しておいてくれよ」
「あなたは説明書にセーブをせずにリセットボタンを押しちゃダメと書いてなかったら、セーブをせずにリセットボタンを押しちゃう人ですか?」
「そ、それとこれとは」
「同じです。なぜ逐一全部教えなければいけないのです? 考えればわかるでしょう? あなたはそんなだから前世でも実績を上げられず低い給料のままだったんですよ。『だって』『でも』『上司が』……言い訳、否定、他責。仕事ができない人の原因三選を独り占め。ワースト三冠王」
「勘弁してください」
「それにね、あなたが魔王を倒さないようにするためにたくさんのイベントがあったはずです」
「えぇ?」
思い返してみるがそんなイベントはない。確かに仲間には裏切られたし、スキルも弱くて無能呼ばわりされていたけれども、それを覆して大勝利を収めるのが異世界ものの醍醐味だと思うし。
「そう、その前」
心を読んで!?
「覆す前」
「えっと、スキルが弱かった」
「ええ。“
「全然役に立たなかった」
「戦おうと! する! から! でーす! そこで、『あ、魔王討伐諦めてスローライフを送ればいいのか』と、なぜならないのですか!」
「なるかー!」
「それだけではありません。仲間にも裏切られていましたよね」
「ああ、あれはショックだった」
「普通そこで『もう仲間は信じられない』と塞ぎ込み、“
「ええ!? だから俺の物語にはヒロインらしき人が一人も現れなかったのか!」
「そもそも、あなたが言うようにスキルが弱いけれど逆転するタイプの異世界ものは、そのスキルを発想の転換で上手く利用して勝つのです。あなた、そのスキルをまったく活用してなかったですよね」
「だって」
「戦おうと! するから! でーーーーーす!」
取り付く島もなかった。
まあいい。実は魔王を殺す前、大きなためらいがあった。彼女と目が合ったとき、夜空のような瞳に純真を感じ、とても戸惑ったのだ。
魔王を生き返せというのなら、あのときのためらいも取り返すこともできるだろう。
そんなこんなで俺は改めてメランへと戻り、教会を目指すことにした。
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