第2話 いわしとトマトのマカロニサラダ-カレー風-

時間は、土曜日の昼前。

フライパンの中には昨日のいわしカレーがほんの少しだけ残っていた。


​(カレーちょっと残ったな。まあ、このまま冷蔵庫入れても、誰も食べないよな)

​カレーライスにするには少なすぎる。が、葵の「テキトー」のスイッチを入れる瞬間だ。


​「よし、テキトーに片付けてしまおう」

​冷蔵庫には、優斗が好きなマカロニサラダ用に買っておいたマカロニの袋がある。


​葵はマカロニを袋の表示よりも少し少なめに茹で始めた。テキトーな彼女にとって、マカロニを規定通りに茹で上げるのは面倒なのだ。どうせ煮込むのだから、多少芯が残っていても問題ない。


​マカロニが茹で上がると、葵は昨日使ったいわしカレーのフライパンのフタを開けた。

​「お、いい感じに冷えてる」

​イワシのミンチやナス、玉ねぎといった具材は、既に溶けてペースト状になり、カレーのスパイシーな香りを放っている。これが、昨日の味を格上げする「残り福」だ。


​茹でて水気を切ったマカロニを、残りのカレーにそのままドバッと投入し、中火にかける。

​マカロニとカレーをヘラで混ぜながら、水分が飛ぶまで煮込む。マカロニはカレーの水分と旨味を吸い込み、テキトーに茹でられた芯まで味が染み渡っていく。カレーはさらに凝縮され、まるで特製ペーストのような濃密さになった。


​ここで、登場するのがマヨネーズ。

​「まろやかさと、ジャンクさ、どっちも欲しいよね」


​火をつけたまま、マヨネーズのボトルを手に取り、まずはいい感じに一周。


​「んー、カレーの辛さがまだ勝ってる。もっと入れよ」


​二周目。たっぷりとマヨネーズを追加する。


​マヨネーズは火の熱でわずかに酸味が飛び、油分と乳化成分だけがカレーとマカロニに絡みつく。カレーの鋭いスパイスを優しくまとめ上げ、深いコクとジャンクさを生み出す。これこそ、残り物料理に命を吹き込む、マヨネーズという名の魔法だ。


​「よし、これで火を止めよう」

​試食した葵は満足げに頷く。


​陽菜が、絵本を持ってキッチンに来た。

​「ママ、読んで」

​「はーい、ちょっと待ってね」


​マカロニサラダを皿に盛り付ける。見た目的に、ちょっと地味だ。


​「最後に、見た目的に胡椒をかけよう」

​葵は粒の大きな胡椒をガリガリと振りかけた。黒い粒が、オレンジがかったマカロニサラダに散らばり、少しだけお洒落な副菜に見える。


​ちょうどそのとき、遅起きな優斗が目を擦りながらリビングに現れた。


​「んー、なんだかスパイシーな匂いと、マヨネーズの匂いがするぞ……?まさか、朝からカレーか?」

「違うよ。昨日の残り物のイワシとトマトのカレー風味マカロニサラダ。今日の昼の副菜」


​優斗はサラダを見て目を丸くした。


​「マカロニサラダにカレー?すげー発想だな!」

​​優斗はフォークを取り、一口試食する。


​「……うまっ!なんだこれ!熱でマヨの酸味が飛んでるから、マヨネーズのコクだけがカレーの旨味と一体化してる!マカロニも芯まで味が染み込んでるのに、歯応えが残ってて最高だ!」


​優斗はそう言って、マカロニサラダを貪るように食べた。

​陽菜も一口欲しそうに手を伸ばしたが、昨日のカレーは大人の辛さ。


​「陽菜のは、マヨネーズとちょっとだけ甘いコーンでまた作るからね」


​葵はそう言いながら、満足げな夫の顔を見る。

残り物でさえ、家族が笑顔になるなら、それはもう世界一美味しい料理なのだ。

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