透明な檻の中で、僕らは叫ぶ

@toraco_p

第1章 沈黙の街

第1話

午前五時。街はまだ眠っている。駅前のロータリーには誰もいない。信号は律儀に赤と青を繰り返しているが、それに従う者はいない。自動販売機の明かりだけが、世界に色を残していた。


僕は歩いていた。理由はない。ただ、家にいたくなかった。昨日の夜、父親がテレビの音を最大にして、母親の声をかき消していた。僕はその隣の部屋で、イヤホンをして、何も聴かずに目を閉じていた。音を遮断するための音。それが僕の夜だった。


高架下に差し掛かったとき、誰かがいた。


制服姿の少女。スカートの裾が風に揺れている。彼女は地面を見つめていた。そこには、スマートフォンが落ちていた。画面は蜘蛛の巣のように割れていた。彼女はそれをじっと見ていた。拾うでもなく、捨てるでもなく、ただ見ていた。


「……壊れたの?」


僕が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。目は眠っていなかった。むしろ、何かを見続けていたような目だった。焦点は合っているのに、どこにも向いていない。そんな目。


「壊したんじゃない。壊れたの。」


その言葉は、まるで誰かに向けた呪文のようだった。僕は、なぜかその場を離れられなかった。彼女の声は小さかったけれど、確かに何かを断言していた。誰かのせいではなく、何かのせいでもなく、ただ「壊れた」という事実だけがそこにあった。


彼女はスマホを拾い上げると、ポケットにしまった。何もなかったかのように。けれど、彼女の目は、まだ何かを見ていた。

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