助けたい
数日後、快里は仕事で他の町に来ていた帰り道、街中を歩いていた。
ふと前方で見覚えのある顔が目に入る。
「あ」
思わず声が漏れた。
「え?快里さん」
振り向いたのは、合コンに参加していた千里の同僚の女性だった。
「あー、先日はどうも」
もう一人の女性も笑顔で声をかけてくる。
「……あ、こちらこそ。確か山本と一緒にタクシーで帰ってましたよね?アイツ、大丈夫でした?」
快里は少し気になって尋ねた。
「あぁ…山本さん、凄く元気で楽しい方ですね。実はタクシー代も払ってもらったんですよ」
同僚Aは楽しそうに答えた。
「そうなんですか」
快里は微笑みながら頷く。
「快里さんは、千里と10年振りに会えて、あの後話せました?」
同僚が心配そうに尋ねる。
「まぁ…ボチボチですかね」
快里がそう答えると、同僚の二人は顔を見合わせて、少し安心したように微笑んだ。
「そうですか」
同僚Aが穏やかに言う。
少しの間、街の喧騒が二人と快里の間を流れた。
その静けさの中で、快里は何気ないように尋ねた。
「千里って、いつから今の会社で働いてるんですか?」
「えっと……去年ですね。確か春頃に転職してきました」
同僚Bが思い出すように言った。
「転職……それまでは何してたんですか?」
「それが、私たちも知らないんです」
同僚Aが少し困ったように笑う。
「本人、あんまり昔の話をしたがらなくて。でも最初から凄く優しくて、真面目で、いい人ですよ。」
快里は頷きながらも、どこか引っかかるものを感じていた。
「千里と仕事の話とか、しなかったんですか?」
「あぁ……あんまりしてないですね」
快里は肩を少しすくめ、視線を落とす。
「そうなんですね。なんか、あの時、2人ともちょっと様子が変でしたよね。何かあったのかなって……」
心配そうに目を向ける同僚の視線に、快里はふっと小さく息をついた。
ほんの少しだけ、この二人には話してもいいかもしれない。
そう思った快里は、周囲を軽く見回し、声を落として言った。
「あの……今から話すことは、誰にも言わないでくださいね」
「え?あ……はい」
二人は目を丸くして頷いた。
「千里は、十年前に突然いなくなったんです」
「え……?」
「突然いなくなった?」
二人は驚きの声を上げ、目を見開く。
「当時、俺達は高三で……千里はある日、学校に来なくなったんです。
担任に聞いても、詳しいことは分からないただ、家庭の事情で退学したとのことでした。
電話しても音信不通、家に行っても空き家……。
クラスの皆と情報交換しながら探し続けましたが、結局手がかりはなく。
そしてこの間、偶然再会したんです。もう、訳が分からなくて」
言葉が途切れた。二人は顔を見合わせ、驚きと戸惑いを隠せない。
ふと、同僚Bが小さく息をのんだ。
「……あっ、そういえば」
快里は反射的に顔を向ける。
「どうかしたんですか?」
同僚Bは少し迷い、言葉を選びながら続けた。
「いえ、たいしたことじゃないんですけど……。数か月前、たまたま千里を街で見かけたことがあって」
快里の眉がわずかに動いた。
「街で?」
「はい。仕事帰りに駅の近くを歩いていたら、向こうのほうに千里がいて……誰か男の人と話してたんです」
「男の人?」
同僚Aが横から口を添える。
「結構年上っぽい人で……多分ですけど、お父さんじゃないかと思います」
その瞬間、快里の胸に、何か重く引っかかるような感覚が走った。
息が詰まるような、そして心臓がざわつく感覚。
同僚Bは記憶をたどるように言葉を紡ぐ。
「そのときの千里……すごく怒ってたんです。あんな顔、初めて見ました。
何かを叫んでて……しっかりしてよって、そんな感じのことを言ってたように聞こえました」
「しっかりしてよ…?」
快里は小さく、息をつきながらつぶやく。
「えぇ。でも、少し離れた場所からだったので、はっきりとは聞こえなくて。
その男性も、どこかうつろな感じで……千里さんが必死に訴えているのに、反応が鈍かったというか……
何か、ただならぬ雰囲気でした」
二人の話を聞きながら、快里の表情は次第に硬くなっていく。
心の奥で、十年前のあの日千里が突然いなくなった理由が、ようやく輪郭を見せ始めた。
同僚Aが小さく言う。
「千里、あのあとしばらく会社休んでたんです。体調不良って言ってたけど……無理してる感じで」
快里は拳を握りしめ、視線を落とした。
「……そうだったんですか」
しばしの沈黙のあと、同僚Bが心配そうに尋ねる。
「快里さん……もしかして、何か心当たりがあるんですか?」
快里は俯き、深く息を吐いた。
「……分からない。けどやっぱり、千里は何かを一人で抱えてるんだと思います」
その瞳には、迷いよりも決意の色が宿っていた。
同僚Bがスマホを差し出す。
「あの、これ……千里の住所です。本当はこういうのよくないですが、快里さんなら何とかしてくれると信じてるので、お願いします」
「……ありがとうございます」
それをメモし、快里は振り返ることなく夜の街へ駆け出した。
見守る二人を背に、快里の胸は高鳴る鼓動でいっぱいだった。
押し寄せる不安と、抑えきれない焦燥が混ざり合う。
千里。
お前、いったい何を抱えていたんだ。
どうして一人で……。
街灯が流れる中、快里はただ前を見据え、走り続けた。
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