第12話 因縁の相手

「ウホ(ボス……あたしあいつきらい)」


「そうだな」


 好きな奴の方が少ないんじゃないかね?

 久しぶりの圧縮言語。


 他のやつからは同じ「ウホ」でしかないが、俺だけが聞き分けられる強みである。

 

 嫌な気持ちになってるリラの頭をポンポンして慰める。

 こっちの女は髪型をわざわざセットしないし、乱暴に扱っても怒らない……だなんて一時期考えていたが、ここ最近早起きして髪をセットしてる姿を目撃してから乱暴に扱うのはやめるようになった。


 多分これって、俺によく見られたいからだよな?

 そう思えば俺も暖かい気持ちになってくる。


「さて、逃げた子猫を追うか、それとも今まで通りのコイン集めに勤しむか」


「ウホ(ボスはその子が気になるの?)」


 袖をクイっと引っ張られる。

 ここ最近力加減を覚えたのか、俺の袖を勢い余って破ることはグッと減ったよな。


「昔馴染みなんだ。ムカつくアイツよりも先に探し出して鼻を明かしたい気持ちもある……が、リラが気に入らないなら見て見ぬ振りもできる」


「ウホー(助けるわけじゃないの?)」


「ウホ(俺を殺した相手だぞ? 恨みがないわけじゃないが、今どんな気持ちかその後損害を拝命してやりたくてな)」


「ウホ!(そっか)」


「ウホウホ」


 俺は洗脳された可哀想な伝わってるか怪しいジェスチャーを付け加えて対応する。


 周囲からは奇異の目で見られるが、俺の立場は危ういからな。

 ちょっとおかしな奴に見られるくらいでちょうどいいのだ。

 

 少し遅れて飯が到着。

 店主からあまり目立つ立ち回りはしないでおくれよ、と叱咤をもらう。


「ウホ(大丈夫!)」


 リラはそう言うが、店主はあまり通じてるとは思えない態度で奥に引っ込んだ。まさに「何言ってんだ、こいつ?」みたいな態度である。


「ウホウホウホー?(あれってお前のとこのアジトの構成員だよな?)」


「ウホッ(うん、そうだよ)」


「ウホッホ(ウホ語通じてなくないか?)」


「ウホー?(わかんない)」


 あまり気にしたことはなかったという。

 街の情報を教えてくれて、同じアジトで生活してれば仲間という認識だったらしい。

 そんなガバガバな運営で大丈夫かよ。


 そういえば、いつもはこの場所で安酒を飲んでいる女冒険者の姿が見当たらないな。

 おかしなことに巻き込まれてなきゃいいが……


 何はともあれ、飯だ。

 リラはよだれを引っ込めながら俺の合図を待っている。


「先に腹ごしらえするか」


「ウホ!」


 元気に手をあげて、一緒に食事をした。

 その小さな体にどこに入っていくのか、いつ見てもびっくりである。


 飯を食い、仕事を始める。

 まだコイン収集は始めたばかり。


 今日は少し遠出して……そう思っていたら怪しい集団に囲まれていた。


「ウホ、ウホウホウホウホ!」


 全員が特徴的な面をつけている。

 金品強奪が狙いなのか、手には武器をちらつかせているが……


 気になる点は圧縮言語には至っていない、ただウホウホ言っているだけの未熟な発言方法に至る。


 まるで拾ってきたばかりの子ゴリラのようだった。

 あのちびっ子たちが、群れを共わなずにこんな知恵を働かせるだなんて思わない。


 それともアシュリーの顔を知らない本当の下っ端か?


「お前、こいつら知ってる?」


「ウホ(知らない)」


 つまり、俺たちの盗賊団の名前を騙っている偽物のご登場と言うことだ。


 普段盗賊団などと名乗っているので自業自得だが、幹部の目の届かないところで盗賊行為をしていても問題ないとか考えちゃう悪い子にはお仕置きせねばなるまい。


 パワーゴリラ盗賊団は、脛に傷もつものたちが身を寄せ合って一致団結!


 時には大物を狩猟したり、貴族に迫害されてる子を救出したりが活動内容だ。

 つよい相手に立ち向かっていく愚行を教えてなんていない。

 盗賊団呼ばわりは俺たちが言い始めたことじゃないんだよな。


 奴隷扱いされてた子を商品と言い張っていた持ち主が、泥棒、盗まれたと言い始めたのをきっかけに王国騎士団より『盗賊』として認定。


 集まって行動しているのもあって『盗賊団』なんて呼ばれたのがきっかけだ。

 

 そんな行いもあって、好んで盗みを働く奴は身内にはいないのである。

 多分、目の届く範囲内ではそうだ。


 ただし、リラも知らない末端に至ってはそうでも無いようで。

 もしかしたら、例の酒場の店主や女冒険者がこの件に噛んでそうな気配はしてるんだよな。


 宿屋襲撃の時に姿は見せたが、アジトで見かけないのはおかしいと思っていた。


「ウホウホウホウホ?」


「ウホーーーー!」


 ウホウホお面集団はこちらが問いかけに一切応じないの感じ取り、痺れを切らせて襲いかかってくる。

 ウホウホ言ってる相手に怖がるわけないだろ。


 それとも何か?

 ウホウホ言ってるやつ非合法な盗みも殺しもやるイカれ集団だとどこぞの一般人にそう思われてるのだろうか?


 酷い集団幻覚だ。

 目を覚ませてやらなければいけないだろう。


「リラ」


「ウホ(うん)」


「お前はお面を剥がして正体を暴け。俺は遠巻きにこっちを狙ってる見えないやつをやる」


「ウホ?(そんなのいた?)」


「俺の目には見えてる」


「ウホッ(さすがだね、ボス)」


 ウホウホ言ってる女の子を連れ、権力を持っていない男が一人。

 俺を弱者と侮ったのが運の尽きだな、ウホウホ集団。


「コインシュート」


「ぎゃっ!」


 くらえ、コインフリップ5回分の幸運で命中補正を乗せたクリティカルヒットアタックを。


 俺のコインは『隠密』『気配遮断』をものともしない『鷹の目』『温度感知』で構成されている。

 怪しい場所は特定済みだ。


 コインスキルはただ相手をコインに封じるだけに非ず。


 命中、幸運上昇の『コインフリップ』


 幸運依存で命中率とクリティカルが上がる『コインシュート』


 幸運依存で命中率を上げ、コインに封じる『コインポゼッション』

 この三つで構成されている。


 そのほかに『コインポゼッション』で封じたモンスターの能力が使い放題。


 まぁ使ったら使っただけ疲れるので、アラサーの俺は少し使う量を限定させてもらってるが。


 10代の頃は10個持ちとかできたんだけど、今の俺がやると酷い睡眠不足と重度の筋肉痛に見舞われてダメ。

 なんならそこに重度の二日酔いがかかることを想像してみてほしい。


 俺一人で動いてる時はいいが、今はリラを連れてるからな。


 甲斐甲斐しく介抱されるのはたまにはいいが、ボスとしての威厳が終わるので、なるべくなら毎日元気に過ごしたいものである。


「ウホ(終わったよ)」


「さすがだな、相棒」


「ウホッ」


 はい、可愛い。

 群れのボスとしては一人だけ猫可愛がりするのは問題だが、リラは俺の奥さんだからいいのだ。


 さて、犯人をふんじばったので御尊顔の開帳といきましょうか。

 相手の面に手をかけた時、横合いから鋭い声がかかった。


「危ない!」


「ん?」


 突然、その面が爆発した。

 それよりも早く、俺たちの前に駆けつける影があった。


「ストーンシールド!」


 凛々しい声で、女が術式を発した後には巨大な岩の壁が爆発を全て防いでくれていた。


 岩、と言うにはずいぶん鋭い。

 剣先を思わせる先端の岩が下手人を串刺しにしながら空高く打ち上げている。


 上空で続けて爆発。

 どうやら、あの面に仕掛けがあるようだ。


「危ないところだったな、あの過激派どもはこの近隣一体を荒らしまわってる『パワーゴリラ盗賊団』の残党よ」


 まるでその現場を何度もみてきたような、忌々しげな感情が声に宿る。


「なんにせよ、助かった。礼がしたい」


「例など必要ない。こちらは職務に従ったまでだ」


 凛々しく、そして潔い。

 勤勉な態度で、荒々しい荒くれ者をものともしない。

 もし俺が事情を一切知らない一般人だったら無条件で惚れてしまいそうだ。


「では、お名前を教えてもらえるか?」


「私はオウナ。……いや、今はただのオウナだ」


「オウナって、まさかオウナ・ニーガマンデ・キリュウ? あの敬虔なニーガマンデ教会の教徒で王国騎士団長の?」


「知っていたか」


「いやはや、こんな場所で出会えるとは神様に深く感謝しなけりゃな。本物の団長様に会えるなんて。日頃の行いの賜物だな」


「ウホ」


 気恥ずかしく過去を思いながら。

 しかしてオウナはリラの発言に目を鋭くさせた。


「つかぬことをお伺いするが……」


「俺は樂だよ、鬼柳さん。安納樂。久しぶりだね」


「樂くん!? わ、久しぶり。探索者学園スクール以来だよね? こっちきてたんだ!?」


 さっきまでの剣呑な雰囲気は消し飛び、今は同郷のもの同士で通じ合う話題で盛り上がっている。


「この子はリラ。俺がこっちに渡航してきた時、多分さっきと同じ連中に攫われてな。そこで俺の世話をしてくれたこの子を隙を見つけて連れ出したんだ」


「そう言うことだったの。重度の洗脳を受けているようね。どうにかして共通言語を教えてあげないと。表社会で暮らしていけないわ」


「今はジェスチャーでなんとかしてるよ。で、こいつらは?」


 今や顔すら判別できない、物言わぬ死体になった肉片を指差して問う。

 悪人だからってひでぇ殺し方しやがる。

 国が一般人を路傍の石や家畜と思い込んでる証拠だよな。


「王国で一番暗躍してる盗賊団でね。パワーゴリラ盗賊団ていうの。首魁の男は始末したんだけど、残党がいまだに破壊活動を繰り返してるらしくて」


「だから古巣から退してるのに、昔の癖で助けに入ってしまったと?」


「その通り。しかしそれは人として当然の義務じゃない。もう騎士ではないけど、だからと言って困っている人を見捨ててなんて置けないわ」


 この子は相変わらず、正義厨か。

 親が警察だと色々そう言う教育をさせられちゃうのかねぇ?


「俺はてっきり、あの教会の信徒である名乗りが恥ずかしいからやめたんだと思ってた」


 オウナ・ニーガマンデ・キリュウ。

 ナニとは言わないが、地元じゃ色んな意味で話題に上がる。


 こっちはネットがないから、そう言う話題は上がらない。

 そこで助かってるだけで、名乗りが恥ずかしいのは一緒だけどな。


 主にネット社会で育まれた現代人には。

 なので鬼柳さんは頑なに帰らなかった。

 立場上、帰れなかったのもあるだろうけど。


「うっ、それもあるけど。ニーガマンデ教はそんな感じの教えではないのよ? ちょっと私の名前とは相性が悪かっただけというか」


「そっか。そういえばさっき酒場で風間に会ったよ。なんでも鬼柳さんを探してるみたいだったけど」


「!」


 明らかな動揺。

 先ほどまでの朗らかな笑みが一瞬で硬直する。

 そして漂う嫌悪感。


 まぁ、あんな奴に嫁入りするなんて経歴に泥を塗る行為だもんな。

 こっちの世界の経歴的にどうなるかは知らないけど。


「まぁ、その話はいいんだよ」


「あまり良くはないが、そう言ってくれて助かるわ」


 やはり嫁入り話に対してひどく嫌悪感を抱いているな。

 手に取るように心情がわかる。

 まぁ男の俺からしたってあいつはないなって思うもん。


「そうそう、それでさ、俺がパワーゴリラ盗賊団にしてやられたことを話したら、彼はこう言ってくれてね」


軽い挑発も兼ねて声真似をして見せる。

 オウナは苦笑した。


「うわ、嫌味ったらしいのまで含めてそっくり」


 そして真相を問う。


「で、なんであいつは王国でそんな権力持ち始めたんだ? 個性なんてパッとしない『錬金術』だろう?」


 金属をちょちょいといじってそれなりに整える『金細工』


 草を煮詰めて整える『調合』


 アイテムにちょっとした効果を付与する『魔道具付与』


 特定のアイテムを掛け合わせる『錬金術』


 それぐらいしか俺の知識はない。

 コイン化した男の記憶だ。

 熟練度の浅さから、そこまでしか成長できてなかっただけかもしれないがな。


 あの人間のコイン化の最たるデメリットは、熟練度をそれ以上上げられないことに尽きる。


 モンスターのコインも同様。


 あくまで模倣できるのはその人物やモンスターが取得してきた技の模倣でしかないんだよな。


 なので使い勝手は非常に悪い。


 もし俺がコイン化して、誰かがそれを装着したら、それは俺になるのか?


 それとも俺の記憶を引き継いだ誰かでしかないのか?


 自分の個性なのにわからないことばかりでここ最近ずっとモヤっている。


「そんなの、こっちで稼げるからよ。ただ稼げるだけでなく、あの人は病に伏せた女王様を救出なされた。その報酬に王女さまを貰い受けた。今や立場は王族よ。公爵というのかしら? 王族の血族にその爵位が贈られるの」


「その病ってのがもう怪しいな。流行病か?」


「そのようなものよ。でも確かに不審な点は多くあるの。あの人が王国内入りしてしばらくしてから病が流行したの」


「完全にクロじゃねーか」


 オウナも絶対そうだと思っている。


「でも証拠がないのよ」


「全く?」


「ただ、そうね。同じ時期を皮切りにそこの盗賊団が暴れ出したの。こっちからすればいい迷惑ね」


 パワーゴリラ盗賊団の暗躍。

 悪名が売れているその盗賊団は、因縁ある騎士団として捨ておけない存在。


「その盗賊団が王国内に侵入。そして王女に毒を盛った?」


「そうである可能性が高いと言う話よ」


 それで首印に罪状が加わった。

 最近それで一級首印になったらしい。


 新しく首魁になった女はゴリラのような体躯に炎のように真っ赤な髪を有している。

 言語は「ウホウホ」と何を言ってるかわからない。


 盗賊団のボスとして、生前の首魁ゴリラを尊敬しているらしい。


 ゴリラって何?

 そんな名前名乗った覚えは当然ない。

 ただ、俺がいない間にそういう噂だけが一人歩きしていた可能性はすこぶる高い。

 

「そのゴリラってやつを殺してからも残党の勢いは収まることはなく、今も活動を続けていると?」


「ええ、私が退団する前にも一件、要人暗殺をこなしているの。特徴的な奇妙な紋様のゴリラ面を用いての行動よ」


「そりゃ怪しいな。素人の俺でも悪いのはそいつらだって思っちまう」


「そう、だから騎士団はもっと怪しい人物の存在をスルーしてしまった。王国に入ってすぐに流行病が起き、それを見事解決してみせた風間晋助という輩を、完全にノーマークだった。私は騎士団に配属されたままではその真相に辿り着けないと考え、一身上の都合で退団したの」


 それはそれで、よく国が許可してくれたな?

 騎士団長とかそれこそ国防の要じゃんか。


 いや、嫁ぐ身だからこそ退団届が通ったまであるな?

 どうせ身内になるんだから構わないだろう、みたいな考えか。


 あまりにも風間の手の平の上すぎる。

 だからこそ、自分が守ってきた相手が一気に手のひらを返したように見えたのかもな。


 オウナからしてみたら急に居場所がなくなった感じだろうか?

 守ってきた民も、王族も、全員が風間の手に落ちてしまった。


 嫌悪感も表に出せず、今は逃亡のみってわけか。

 でもこいつ、俺を殺した張本人だしなぁ。


 助けるのは少し違うんだよ。

 助けたいという気持ちと、いい気味だって気持ちが複雑に混じり合っている。

 今の俺はきっとそんな感情に支配されていル。


「でも風間のやつ、騎士団長殿をお嫁に迎えるとかそこらへんで吹聴してたぞ? それって鬼柳さんのことじゃないの?」


「あいつ……今自分に一体何人の奥さんが尽くしているのか数えることはないのかしら?」


「そういえば、護衛もゾロゾロ連れてたね」


 全員がイエスマンしかいない印象だった。

 あれは見ていてきつかった。


 リラも感化されてたし。


「51人よ、51人! あの人は一人の女性も愛さず、まるでトロフィーのように女性を集めて飾って、満足してる最低な奴なの!」


 そこには騎士団長としての顔も、戦士としての顔もなく。

 倫理が一切通用しないことに嘆く一人の女の顔があった。

 

「うわっ、それは引く」


「ちなみに護衛の子たちも武力を見せつけるだけで愛してないわ。男一人でそんなに満足させられるわけないでしょ。だからみんな必死なの。寵愛をいただきたくて頑張る姿を見せてる。それでもあの男は自分本位で相手のことを何も考えちゃいないわ。誰がそんな奴のとこへ好き好んでいくというの? 王命だからってそんなの聞き入れる安い女じゃないのよ、こっちは!」


「どう、どう」


「ウホ(おちつけ)」


 俺はリラと二人で一人興奮する元クラスメイトを宥めるのに終始した。

 因縁の相手だが、その前に潰す相手ができてしまった。


 風間晋助。

 俺の率いたパワーゴリラ盗賊団の名前を悪用し、国家転覆を図った大罪人と先に決着をつける必要がありそうだ。


 彼女はその後で構わないだろう。

 しかし騎士団をやめ、俺を殺した時とは随分と立場的に困窮している模様。本当に彼女は俺にとって害となりうるのか?

 

 それも踏まえて見極めていく必要がありそうだ。

 本当の敵が誰なのかをな。

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