第7話 聖女様、恋をする

「はっ……!」


 わたしは気づけば、自室のベッドの上で目を覚ましていた。


「ここは……わたしの部屋……わたしは……モモ・セイント……はっ! お風呂! お風呂は……? お風呂はどうなった……!?」


 思わずとんでもないことを口走ってしまった気がするが、目覚めたわたしのすぐ横にツヤツヤとした肌の美少年天使様がいることに比べれば些細な問題だろう。


 ん? ツヤツヤとした肌……ということは……


「はっ……! ちょ……! まっ……! ……もしかして、もうお風呂入った?」


「はいっ! あんなおっきなお風呂は初めてだったので不安でしたが、なんとか一人でも入れました。聖女様が突然気を失ってしまったと他の召使の方に教えると、ここまで運んでくださったので、お風呂に入ったあと看病させていただきました」


 それを聴いたわたしの目には、思わず涙がポロポロと浮かんできてしまった。


 そんな……そんな……わたしの理想郷お風呂タイムが……


 一生に一度訪れることすらあまりにも僥倖な、美少年との天国の時間お風呂タイムが……


 わたしの精神が軟弱であるばっかりに、気絶したばっかりに、この世最高の奇跡お風呂タイムを逃してしまうなんて……


 わたしは……馬鹿だ……っ!


 大馬鹿だ……っ!


 思わず、ドン、と床を叩いてしまうが、ここはベッドの上だったので、ぽふっと音がしただけだった。


「せ、聖女さま……? 大丈夫でしょうか? まだどこか、具合が悪いのですか……?」


 拾った少年が、心配そうにわたしの方を見ながら、またしても、またしてもわたしの左手を両手で包み込むように握ってくる。


「ひうっ……!」


 ドキドキしすぎて変な声が漏れてしまうのを抑えられない。

 それにしても、見れば見るほど美しい少年だ……


 真っ黒な濡れたような髪に、真っ黒な瞳。


 白一色のわたしの格好とはまるで対になるような存在。


 はっ……!


 これはもう、運命なのでは!?


 運命レベルで、わたしとこの少年が番になることが、義務付けられているのでは!?


 そうだ――


 ――これをわたしの聖女としての神託ということにしよう。


 最初からそうすればよかったんだ……


 そうすれば、何者も、わたしとこの美少年との仲を引き裂くことなんて出来ない――


「そうすれば、またお風呂にも入れるチャンスが……」


(……少年。わたし、モモ・セイントはある神託を得ました)




 って……!?


 ヤバイヤバイヤバイ! 興奮しすぎて、心の声とセリフが逆になってしまったぁああああああああああああっ……!!!


 おそらく、混乱で顔はトマトのように真っ赤になっているだろう。


 そんな中、手を繋いだままの少年は、わたしの方を見て、「くすっ」と上品に笑った。


 か、かわいい……っ!


 いったい何を笑ったのか、なぜ笑われたのか、まったくわからなくて怖くてドキドキとしてしまうが……っ! だが、それ以上に、可憐だ……っ!


 野に咲く一輪の花を間近で見つめた時のような、純粋な美に対する感動!


 わたしの胸は、もはや打ち震えることしかできない……っ!


「もしかしてなんですけど……聖女様は、ぼくとお風呂に入りたかったんですか……?」





 ――死とは、突然にやってくる。


 わたしは、今、死んだ。


 社会的にも、人間的にも、聖女的にも、死んでしまった。


 お、終わりだ……!


 終わってしまったっ……!


「ひゅ……ひゅぃぇえええええええええ……!?」


 わたしにできるのは、そんな声にもなっていない声を発することだけだった。


「そ、そ、そ、そんなことないですけど! 美少年とお風呂入りたいなんて、そんなことないですけど! わたし、聖女なんですけどぉおおおおおおおお!」


 ああ、もう、めちゃくちゃだ……


 いつも被っているクールな聖女の仮面も忘れて、わたしは心の底から、叫びを上げてしまっていた……


 だが、この美少年という理解不能なイキモノは、この知性溢れるわたしの想定を、鮮やかに遥か上回っていく。


 美少年は、どこか照れたように顔を赤らめながら、そのプルプルした唇をわたしの耳元に近づけ――


 こう囁いた。


「もし……聖女様がぼくとお風呂に入りたいなら………いいですよ……?」


 その瞬間――


 わたしの全身を駆け巡る激流のような血流は、ただひたすら、ひとつの感情を運んでいた。


 それは――恋。


 わたし、モモ・セイントが、真にこの美少年に測定不能にして神すらも理解できないほどの恋心を抱いたのは、この瞬間であった。


 ドキドキドキドキ――


 心臓は唸りを上げてわたしを恋心だけで満たそうとする。


 ドクドクドクドク――


 脳は、ありとあらゆる五感を使って、目の前の少年からその恋心を増幅しようとする。


 す、好きだ……っ!


 好きだ好きだ好きだ……っ!


 わたしは、この少年が、好きだぁああああああああああああああっ!


 だが、恐ろしいことに、この爆発するような恋心は、一つの副作用をもたらした。


 わたしは、目の前の少年に、どうしようもなく魅了されて……


 わたしの身体の、いわゆる女性にしかないところ……


 そこが、とんでもない勢いで、ムラムラと、ムラムラと、瀑布のような性欲を生産しているのだ……


 それは、いままでのタダの性欲とは、どこか質が違うものだった。


 それはわたしの恋心という神が与えた高尚なる奇跡と結びついて……


 恋欲、とでも呼ぶべき、奇跡的な聖なる性欲へと昇華されていた……っ!


 ヤりたい……


 この美少年と、ヤりたい……っ!






「それじゃあ、ぼくは召使長さんに、召使の仕事を教わってきますね」


「……………………えっ?」


 少年は、ニコリと微笑むと、美しい動きで立ち上がり、颯爽と部屋を去ってしまった。







 結局、わたしは、こう思った。


(ヤりてぇ……)

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