第6話 聖女様、天国を見出す
わたしの名前はモモ・セイント。この国の聖女にして、いまは一人の恋に生きる乙女である。
いま、そんなわたしは人生最大の危機を迎えていた。
「聖女様、失礼ながら、屋敷に上がるにあたって、お風呂に入らせていただいた方がいいですよね?」
そんなことを言いながら、なぜかまたしてもわたしの左手を両手で包み込むようにしているこの天使。この天使が今言った内容こそ、まさに問題の核心を突いていた。
その危機の名は――お風呂問題。
この拾った美少年は、ここは水だけは潤沢にある我らが首都であるから、おそらく公園の水道で身体を洗ったり水を飲んだりしていたのだろう。孤児にしては、きれいな身なりをしている。とはいえ、屋敷に上げるにあたって、まずはお風呂に入れないといけないとは思っていた。
しかしわたしは聖女であり、聖女のお屋敷に通常男性の召使は配されないのが通例――聖女の聖性を保つためとされる――であるため、現在この屋敷には女性の召使しかいない。
そんな通例滅んでくれていればわたしがこんな苦労をしなくてもいいものを、と憤怒しつつも、今、わたしは迷っていた。
――果たしてこの美少年を、野獣のようなむさ苦しい女召使たちに風呂に入れさせて良いものだろうか?
いいや、そんなことは倫理的に決して許されない。仮に神が赦してもわたしが赦さない。この美少年はわたしだけの天使、ほかの女が肌に触れるなど忌々しい。
だがしかし、この問題を解決する方法は、厳しい教育を受けた聖女としての論理的明晰さを発揮すれば、一つしかないことは自明である。
――わたしが、この美少年と一緒にお風呂に入ればいいのであるっ……!
この聖性の塊といってもいい聖女モモであれば、まかり間違っても間違いなど起こらないであろうと女召使いたちも納得して、美少年を風呂に入れるという大任を任せてくれるだろう。嫉妬の血涙を流しながらも。
だがっ……! だがしかしっ……!
果たして、そんな天国と地獄が同時にやってくるような奇跡に、わたしの身体は、わたしの心は耐えられるであろうか……!?
――無理だ!
あまりにも耐久不可過ぎる……!
美少年の裸を直に見て、わたしの理性が崩壊しないなんてことは物理的にも論理的にも不可能であることは明らかだっ……!
いったいどうすればいい……?
どうすれば、この難題を解決できる……?
目の前の美少年は、沈思黙考に沈んでいるように見えるであろうわたしのことを、不思議そうな顔つきできょとんと見つめている……。
その顔つきに天使のような微笑みが浮かんでいるのが非常に愛くるしい。
わたしのような処女からすれば、これだけで、すでに理性が崩壊しそうになるほどの高火力魔法攻撃である。
ヤりたい……
この美少年と、ヤりたいっ……!
もう、我慢しなくてもいいよね……?
この美少年とお風呂に入り、そこでこの美少年と処女を捨てる……
そんな神が用意した理想郷、すべての処女が夢見る神の国のような体験を、してしまってもいいよねっ……?
わたしは覚悟を決めた。
今日、わたしは「女」になる。
さすがにこのわたしが風呂に入って何もないということはあり得ないだろう。
その決心を言葉にする……!
「その……この屋敷には女の使用人しかいないから……聖女のわたしがあなたとお風呂に入って、面倒を見てあげたいと思うのだけど……」
はたして、天使は、すべてを理解しているかのような包みこむような微笑みで、こう言った。
「はい……聖女さまだったら、いいですよ……」
その囁くような可憐な声は、わたしの耳を貫き脳に致命的なダメージを与えた。
「ぐ、ぐふぅ……」
それでも、わたしはこの国唯一の聖女様。
耐えろ。耐えるんだ。
ここで醜態を晒すわけにはいかないっ……!
「ただ、さすがに裸は恥ずかしいので……お互い肌着か水着のようなものを着させてはいただけないでしょうか? ――その、聖女様の裸なんて見てしまったら――ドキドキが止まらなくなってしまいます……」
しばし、沈黙が場を支配した。
それはまるで、ガラス細工の巨城が崩れ落ちる寸前の、一瞬の静寂。
「ひゅ……ひゅいいいいいいいいいいいいいいいい……!」
ああ……
やっぱり処女が美少年の前で壊れないなんて、無理だったよ……
わたしは無残に散ったわたしの威厳とプライドを憐れみながらも、今、このとき訪れた幸福――まさに聖典に描かれた天国そのものの至福――に身を任せることにしたのだった……
わたしの意識はそこで失われた――
ああ、ここが天国だった……
天国とはすでにこの地上にあったんだ……
神よ、ありがとう――
あなたを信じてきて、良かった――
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