第4話 聖女様、チョロインと化す
いま、ぼくは聖女さまと二人で馬車に乗っていた。
馬車の中は隣り合わせに座る小さな個室のようになっていて、聖女様の護衛だという女騎士2名が、馬車のうしろのもう一つの個室に乗っているようだ。馬車の正面では、御者の女が馬車を駆っているが、ここからでは見えない。
馬車に乗る時、彼女らはぼくを見ると怪訝な顔をしていたが、聖女様が「神の慈悲のもと、この美しき魂を持つ少年を召使として召し上げることとしました」とその可憐な声で宣言すると、「ハッ! さすがは聖女様! その慈愛の心、まこと美しゅうございます」とひざまづいてしまい、ぼくは何事もなく馬車に乗ることを認められてしまった。聖女という存在がいかに強いカリスマを誇っているのか、肌で感じてしまう出来事だった。
馬車に乗った後、聖女様は不思議と何も言わず黙りこくっていた。
ときどきぼくの方をチラチラと見つめてくるのは感じるが、言葉には何も出さず挙動不審に手をもじもじとさせている。
それを見ているだけでも、なんとなく聖女様の心のうちは想像がついてしまうが、ここは念の為、確かめてみるとしよう。
ぼくは、馬車がカーブにさしかかったタイミングで、「わっ」とバランスを崩したふりをして、聖女様にもたれかかってみた。
自然と、半袖の襤褸を着ているぼくの右腕が聖女様の真っ白な肩出しワンピースから覗く左腕に触れ合った。
その感触はびっくりするくらいすべすべで柔らかく、まさに天使の肌といった心地で、ぼくまでドキドキとしてしまう。
だが、聖女様の心の中の混乱は、その比ではなかった。
「ひ、ひあっ……!」
顔を真っ赤にして背筋にぞくりと電流が走ったように背中を震わせる聖女様から、心の声が流れ込んでくる。
(う、う、う、うでが……! び、美少年のうでが、わたしのうでと触れ合っている! ぴったんこしている! な、なんなんだこの天国のような感触は! いったいどうなっているんだ、美少年の身体というものは……! こ、こんなものがこの世に存在を許されていたのか! こんなとんでもないものを、世間の女どもは神に隠れて楽しんでいたというのか! ゆ、ゆるせない……っ! わたしがいつもいつも、こんな肌の触れ合いをしたくて、美少年とエッチなことをしたくてしたくてたまらなくて、我慢して我慢して我慢して、つらいつらい思いをひたすら耐え忍んでいたというのにっ! いったいなんだ、このわたしを嘲笑うかのような天使の感触は! こんなものを知ってしまったら……わたしはもう、二度といままでのわたしには戻れなくなってしまうっ……!)
大げさすぎる……っ! あまりにも、大げさすぎる……っ! たかが男と肌が触れ合っただけでこのパニクりよう。まさしく童貞。ドがつくほどのとんでもない童貞っぷりだ。いくら前世の女に飢えまくっていたぼくでも、ここまでの童貞っぷりは発揮していなかったかもしれない。
「だ、だ、だ、だ、大丈夫でしょうか? お、お、お、お怪我はないでしょうか?」
ぼくより聖女様の方がよっぽど大丈夫じゃなさそうである。
だが、これはぼくの目論見的には、たいへん望ましい状態だ。
正直いって、もう何もしなくても勝手にこの聖女様はぼくに堕ちてしまいそうだったが、というかもう堕ちてしまっている気もするが、前世でさんざん恋愛の失敗をしてきたぼくは、ここは慎重に、念には念を入れて、この聖女様がどうしようもないくらいメロメロになるような、とっておきを披露することにした。
「あれ、聖女様……なんだかお顔が熱くなっているご様子ですね……体調がお悪いのでしょうか……? お熱を測らせてください」
ぼくはそんなことを言って、額と額を触れ合わせてしまおうと企んでいたのだが、いまは隣り合わせになっているので、それは少々姿勢が苦しい。
そこでぼくに天啓が走った。
それなら、ほっぺたとほっぺたを触れ合わせてしまえばいいんだ……!
その天啓が勝手に身体を動かすように、ぼくのほっぺたが滑らかな自然さで聖女様のほっぺたにぴとっと合わさる。
果たして、その効果は絶大だった。
「ふ、ふいぉおおおおおっ……!」
聖女さまから、なんだか乙女が出してはいけないような声が漏れ出た。
それと同時に流れ込んできた聖女様の心の声は……
(いぁあああああああ! ひぃあああああああ! うぉおおおおおおお! うぉおおおおおおおおお! ほ、ほっぺ! ほっぺ触れちゃってますけどっ! ほっぺ、触れちゃってるんですけどぉおおおおお! わたしのほっぺに、ほっぺ、ほっぺが! 美少年のほっぺた、ぴとっとしちゃってる! ぴとって! ほっぺが! 待って待って待って! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう! なんか心臓の動きヤバい! ドクンドクンドクンドクンって、ねずみみたいな速さで動いてるけど! いったいどうなってるんだこの美少年はぁあああああ! ふつうほっぺたで熱測るかぁあああああああ!? 死んじゃうんですけどぉおおおおおおお!?)
想像していたより輪をかけてひどい大興奮っぷりだった。
「し、し、心配してくれて……あ、あ、あ、ありがと……わたしは大丈夫……き、キミの気持ちは嬉しいけど……でゅふ……」
それでも聖女様は懸命に自我を保ち、平常なフリをしようとしている。できてないが。
しかし、ぼくはここで油断しない男。
女心がどう変わるかなんてまるで読めないことを、ぼくは前世初恋の相手だった小悪魔系美少女ナツミちゃんで学んでいる。
ぼくは、ナツミちゃんが息を吸うようにぼくを翻弄していた小悪魔テクニックの数々――実際はぼくが童貞すぎて勝手に翻弄されていただけ――を思い出し、ダメ押しのトドメを突き刺す。
「聖女様の肌に触れていると、なんだか安心します。もっと触れ合っていたいです……」
ぼくはそんなことを言いながら、前世、同じ事を言っていたナツミちゃんが1週間後クラスのイケメンと付き合い出したことを思い出して鬱になっていたが……
ぼくの心を読むことなど出来ない聖女様は、それどころではなく――
「きゅ、きゅーーーーーーーーっ……!!!」
なんだかとんでもない奇声を突如発したかと思うと……
(我が人生に、一片の悔い無し……)
そんな心の声とともに、ばたん、と音を立てて気絶してしまったのだった……
な、なんというチョロイン……! 聖女様、チョロすぎる……!
ぼくは、「前世童貞だったぼくも、ナツミちゃんから見たらこんな感じだったのか」と思い、皮肉な気持ちでいっぱいになっていた……
なんと童貞とは悲しい生きものなのか……諸行無常、祇園精舎の鐘は鳴る……
そうして馬車が聖女様のご自宅に到着するまで、ぼくは気絶した聖女様と二人っきりの時間を過ごしたのだった――
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