第2話 コミュ障、買い物に行く

「⋯」(ひぃーっ、外歩いてる!んぐう!)

「アルマ様とお買い物なんて⋯夢みたい♪」


アルマとミステレは何もない家に生活必需品を買うため、外に出ている。


いつもの街道ではない道を、しかも歩かなければいけないというのはアルマには地獄だろう。


「まずはどこへ行きますか?家具屋さん?それとも市場で食べ物を?」


ミステレは当たり前に話しかけてくる。

しかしアルマにとって外で口を開くというのは少し難易度が高すぎた。


「⋯(ミステレちゃんの行きたい方に行こう)」


「脳内に直接?!なんですかそれ魔法?!」


「⋯(うん、いま作った。便利かも)」


「作ったぁ?!」


魔法とは叡智の結晶である。多くの魔法使いが何代も歴史と研鑽を重ねてきたものがはじめて魔法となる。


たとえば、今日新しい魔法が発表されたとなればそれは少なくとも100年以上も前の発案の研究結果だということだ。生きているうちに新魔法の発表が見たいと言う人も多い。


だが、アルマは極度のコミュ障のため妄想や脳内の独り言が多く、

それが興じて脳内の独り言での詠唱や妄想の魔法陣の使用が可能になったという冗談のような理由で無詠唱・無魔法陣を成立させた。そのおかげで脳内であれこれと微調整が出来るため、数百年の研鑽をものの一瞬で終わらせることが出来るのだ。


本人はこの事を何も喋らないので一般人や他の魔女は知る由もないのだが。


「やっぱりアルマ様は天才です⋯けど私、アルマ様の声好きですから...声が聞きたいです...」


ミステレが顔を赤らめおずおずとお願いする。


(かぁわいーー!!!本当に私なんかが師匠でいいの?!えー?!)


「...今ならいいよ。けど人がいるときはさっきの魔法使うからね。」


「分かりました!」


「それで、まずどこに行きたいの?」


「そうですね...家具屋さんに行きましょう!」


「どうせならとびきりいいのを買おっか。魔女はお金持ちなんだよ?」


〚沈黙〛の魔女はこんなのでも⁡随一の魔女だ。

(親管理だが)やろうと思えば街ひとつの権利をポンと払えるくらいは貯金がある。


何かを払う時はこれを使いなさいと小切手を何枚か渡されていた。


ミステレは自分にはもったいないと一度拒否したが、アルマが少ししゅんとしたのを見て

「やっぱり、とびきりいいのが欲しいです!」

と甘えることにした。



―――


しばらく歩き2人は家具店【メイクル】に到着した。


さすがは王都の家具店と言ったところか、大通りに面したガラスの入り口から店内にソファやベッドなどが並べられているのが見える。

深い緑の地に金で【MACLE】と刻まれた看板が高級感を醸し出している。


(図書館以外の...はじめての店...私はミステレちゃんと共に新たな一歩を...)

「ごめんくださーい!」

(あぁっ...)


アルマは締まらない第一歩を踏み出した。



「いらっしゃいませ。今日は何を...ッ...おッ...おっ⋯さがしで?」


「椅子とベッドを見に来ました!」


「そっ、そうでございますか。ごゆっくりご覧くださいませ。」


そう言って店の奥へと消えていった。


高級店の店員というのは客を差別せずマニュアル通りに接客、客のニーズに合わせて臨機応変に対応をモットーにしている。


今回対応してくれた店員も今までに色んな客を見てきた。どこどこの令嬢とやらが来た時も、身の丈を知らない貧乏人が来た時も、完璧に対応してみせた。


しかし店に突然あの〚沈黙〛の魔女が来たということには流石に動揺を隠せなかったようだ。



「⋯(ミステレちゃん、どれがいい?)」


「んー⋯この椅子とかいいですね、頑丈そうで⋯」


「⋯(机も買おうよ、あとベッド。あれ、おしゃれじゃない?)」


表情こそ変わらないが、アルマはアルマではじめてのお買い物を楽しんでいるようだ。


しかし突然店に来て真顔で立ち尽くす〚沈黙〛の魔女は店員にとってはさぞ恐怖だっただろう。


「机は欲しいんですけど⋯その⋯」


「⋯(ん?)」


「これからも一緒のベッドで寝れたらなー、とか思ったり⋯その⋯すいません忘れてください⋯」


またミステレは真っ赤になってしまった。


(ぎゃー!可愛いぃー!!なんていじらしいのぉ!!)


「⋯(いいよ、今日も一緒に寝ようね)」


「ほんとですかっ?!〜〜っ!」


ミステレはグーの手を作って喜びを噛みしめた。


(私の弟子...世界一可愛いわ...)


ふたりは【メイクル】で椅子を二脚と机、ミステレ用の収納棚。そしてアルマの実家から持ってきたベッドはそろそろ古くなってきたとのことで結局新しいものをひとつ購入した。


例の小切手で会計を済ませ、転移魔法ですべての家具を一度に持ち帰った。


店員は〚沈黙〛の魔女の小切手を見てそれを換金せず店の金庫に丁重にしまい込んだ。


―――

家に家具を置き、少し休憩した二人は今日のご飯を買うために市場に来ていた。

ちなみに市場で小切手はさすがに使えないのでミステレのおごりだ。


「⋯(ごめんねミステレちゃん⋯あと人多いよー)」


「みんなこのくらいの時間に買いに来て晩ご飯の用意をするみたいですね。⋯大丈夫ですか?」


ミステレが心配するので平穏を装っているが行き交う人でもうアルマの頭はクラクラだった。


「私、料理得意なんですよー!何食べたいですか?」


「⋯(んー⋯カツ丼かなー。)」


「お好きなんですか?」


「⋯(ホッグが推理前に食べてるから)」


「あーなるほど!」


外から見れば少女がずっと独り言を言っているようだが、市場のざわめきがかき消した。


「カツ丼ならお肉と卵と⋯」


ミステレは手際よく材料を揃えてゆき、さっさと買い物を終えてしまった。


「さ、アルマ様。こんな人混みではお疲れでしょう。帰って休みましょ!」


「⋯(ごめんね、ありがとう。カツ丼楽しみだよ。)」


(はぁっ!なんていい子!!ずっと私の家居てくれないかなぁ?)


アルマはこの自慢の弟子をお嫁になんていかせまい。私が養う(養われる?)んだと強く決心した。


その時、何やら遠くの方からきゃーとか

わーとかいった黄色い声が広がってきた。


「ん?なんでしょうか?」


「⋯(なんでもいいよ、帰ろ?)」


「そうですねー、」


また家に向かって歩き出そうと思ったとき、いきなり呼び止められた。


「お前が〚沈黙〛の魔女、アルマ=ダ=シレーレだな。」


「...(はぁっ?!私っ?なにもしてないよ?!)」


「⋯もしかして、フラメン王国の?」


アルマを呼び止めたのは隣国、フラメン王国の第一王子であり、〚炎熱〛の魔術師 ⁡フレイア・フォン・フラメンであった。


赤毛につり目で目鼻立ちの整った男で、さらに先日新たな火魔法を発表したことで地位も頭も顔も良いと多方面でアイドル的人気を得ていた。

もちろんアルマは知らなかったが。


そんな彼がどうしてこんな所にいるのか。


「...(ミステレちゃん、何か知ってるの?)⁡」


「えぇ、この方はフラメン王国の...」


「なんだお前は。俺はアルマに用があるんだ」


「えっ、し、知り合い?!」


突然の呼び捨てにミステレがもしかして知り合いだったのかとアルマを振り返る。


しかし当のアルマは...


「...(し、しらないよ!誰?誰なの??ミステレちゃんたすけて)」


「...アルマ様...」


師匠からのヘルプに簡単に嬉しくなったミステレは

一歩前で啖呵をきった。


「私はアルマ様の弟子、ミステレと申します。師匠への用なら私が聞きましょう」


〚沈黙〛の魔女の弟子。いきなりのスクープにまた市場はざわめき始める。


⁡「弟子だと?フハハ!!馬鹿な事を言う!どけ!!」

「きゃあっ!」


ミステレがフレイアに突き飛ばされた。


「…(ミステレちゃん?!大丈夫?!)」


「大丈夫です!それよりもアルマ様――」


「おい、アルマ、お前を俺の妻にしてやる。わざわざ迎えに来てやったんだ、帰るぞ⁡⁡」


「...(は?)」

「は?」


フレイアの求婚に市場はまたざわめき立つ。

今行け行けのフラメン王国第一王子のプロポーズの相手があの〚沈黙〛の魔女だ、ともう悲鳴やら歓声やらで市場は大騒ぎだった。


アルマを除いて―――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る