第1話 コミュ障、弟子を取る

「きゃッ、見て!〚沈黙〛の魔女様よ!」

「憧れるわねー!」


ブルネットの少しカールがかった髪が胸にかかり、ネイビーのローブの上からでもわかるスタイルを持ち、そして、深くかぶったフードから覗く端麗な女性――もとい、街道を闊歩し、その注目を一身に集める大魔女こそがアルマ=ダ=シレーレその人である。


(やめてぇ〜!見ないでぇ〜!!憧れないでぇ〜!!!)


表情は変えず、心で叫ぶ。


(ひえぇ〜もう無理!いつもの使う!!)



「はぁ⋯」


アルマは家へと帰還した。


今使ったのは転移魔法、今のところ彼女しか使えない魔法だ。


アルマが消えた街道は一瞬のざわめきを見せたが、すぐにいつもの喧騒が戻った。


「でもでも⋯今日は最高記録だよね、いつもより4歩くらい歩いたよね。」


この最高記録とはアルマが図書館から家に帰るまで転移魔法を使わず歩いた距離記録だ。


いつも転移魔法で図書館に行き、帰りは街道に出てから転移魔法をするもので、

[街でアルマ=ダ=シレーレを見るとちょっといいことが起こる日になる] というちょっとしたことわざが出来てしまった。


「さてさて⋯今回はどうかな?」


アルマの趣味と言えば読書くらいだ。他の魔女は日々魔法の研鑽に明け暮れているがアルマには使えない魔法がほぼ無い――というより、必要な時に作ってしまえるので魔法の研究はしたことがない。


アルマが愛読しているのはミステレ=ド=モータスの「探偵ホッグの解決」シリーズだ。

このシリーズは主に読者に謎解きをさせるような文構成で、コミュ障で他に趣味のないアルマはどっぷりとハマってしまった。


全12巻を書き込んで解く用、読む用と2冊づつ、計24冊が家の本棚に並べられている。

そして今日新たな2冊(1種類)を迎え入れたのだ。


「えーっ!なんで!?ジョッシュ君はシロじゃないの?!えーっ?!」


久しぶりの謎解きとそのクオリティの高さに感動しつつ、「探偵ホッグ」の最新刊を楽しんしんでいた。


その時、コンコンとドアがノックされる音がする。


「⋯?気のせいか⋯」


「ごめんください![沈黙]の魔女アルマ=ダ=シレーレ様!!」


今度はしっかりと名前が呼ばれる。


(ひぃっ!来客?!私に?な、なんなのっ?!)


「アルマ=ダ=シレーレ様ー!いらっしゃいませんかー!!」


アルマの家に客など来たことがなかった。友達も居なければ国の権力も彼女を刺激しまいとするので、家は彼女にとって安息の地だった。


(誰なの?!出るしかない?くっ!)


アルマは扉をから開けた。


「⋯アルマ=ダ=シレーレ様⋯っ!」


「⋯」(この前弟子にしてくれって言ってた女の子じゃない?!)


「お願いします!私を弟子にしてください!お願いします!!」


少女は必死に頼み込む。


実はアルマは弟子を取ることをやぶさかでないと考えている。


魔女の弟子とは魔女と同じ家に住み、魔女の家の世話などをしながら訓練をしてもらうものなので、コミュ障のアルマには友達が出来る都合の良い方法だと考えていた。


「⋯」(いいよ!うちに来て良いんだよ!!察してよ!)


アルマは心の中で最大限のウェルカムを送りつつも、外から見れば身長の高い美人が表情を変えず見つめているだけだ。


「⋯やっぱり⋯私なんかじゃだめですよね⋯」


「⋯」(ダメじゃないー!!むしろ君みたいな可愛い子にお世話されるのまんざらでも無いっていうかぁ!)


「私⋯帰りますね。しつこく家にまで押しかけて申し訳ありませんでした⋯もうしませんので⋯」


(ダメーーーー!!!言うんだ!言うんだ私ーー!!)


「⋯⋯入って」

「えっ?」


(言えたぁぁぁっ!!お母さんとお父さん以来人と会話した!心臓バクバク⋯)


「は、はい⋯」


アルマはそのまま黙って踵を返し、家の中へと入っていった。


「お、お邪魔しますっ!」


「⋯」(かわいい⋯)


だが問題があった。来客用の椅子がない。


アルマがいま住んでいるのは母と不動産屋さんに行って母があれやこれやを決めた割と大きめの家だ。

玄関を抜ければリビング(使われてない)があり、そこにキッチン(使われてない)が併設、同じフロアにもう一つ個室(使われてない)がある。


2階に行けば南向きの窓がある景色の綺麗な部屋(アルマの部屋)が広がっている。


アルマの部屋にあるのはベッド、椅子と机がワンセット、そして本棚のみだ。


そしてそのことを少女を部屋に案内したあとに気づく。


(椅子ねぇーっ!えーどうしよこの子椅子座らせる?けど気使っちゃうよね?んー、んーー⋯)


「⋯ベッド」


「べ、ベッド?!⋯っ⋯分かりました。私の身体でよければ⋯好きにお試しください」


(は?⋯はぁっ?!)


少女はベッドに寝転がり胸のボタンを開き始めた。


(な、何してんの?!私そんな最低なことしないよっ!ベ、ベッドがだめならえーと⋯)


「床⋯」


「床?!⋯ゆか技量を見極めるって事ですね?恥ずかしながら私は処女ですので⋯うまくできるかは分かりませんが⋯」


そう言ってまた少女は衣服を剥ぎ始める。胸、お腹、ふとももとどんどんあらわになっていく。


(ちげーーよ!!あとそれとこ技量だよ!!てかでかっ!胸おっきぃ!)


そしてついに下着のみになってしまった。主張の激しい胸にコルセットの悲鳴が聞こえてくるようだ。


(ど、どうしよう⋯早くこの変な誤解解かなくちゃ⋯喋る⋯喋るぞ私⋯)


「⋯ごめんね⋯言葉⋯足りなくて⋯」


「へっ?」


「⋯うち⋯椅子⋯一脚しか無いから⋯ベッド⋯座ってもらおうと思って⋯」


(あうぉぉ、一生分喋ったあぁぁ!!)


「⋯あ⋯あの⋯私っ⋯あぅぅ⋯」


少女の赤面は身体中に伝播し、胸やお腹までも赤くなっていた。



しばらくして、少女が落ち着いてから二人は向かい合って話を始めた。


「⋯私⋯アルマ=ダ=シレーレ⋯アルマでいい⋯あなたは?」


「先ほどは取り乱してしまいすみません⋯私はミステレ=ド=モータスと申します。どうか私を⋯」「えっ?」


アルマはつい話を遮って聞き返してしまった。

なにやら聞き覚えのある名前を聞いてしまったのだから。


「名前⋯なんて?」

「ミステレ=ド=モータスですが⋯」


(ちょいちょいちょいえ?!モータス先生?!「探偵ホッグ」シリーズの?!)


「⋯「探偵ホッグの解決」⋯知ってる?」


「?!⋯ご存知なんですか?」


「うん⋯大好き⋯本棚見て⋯今もね⋯最新刊を楽しんでたの⋯ね、本物?」


いつにもなくアルマが興奮している。人前で話すスピード記録を優に更新した。


「はい確かに⋯私が書きました。そんな⋯大好きだなんて⋯」


少女はなにやらもじもじし始めるが、アルマもまた興奮し始めていた。


「ね、ねぇ。これさ、ジョッシュ君は絶対シロだったと思うんだけど⋯」

「あ、はい。これですか?これはですね実は⋯」



その日は日が暮れるまで時間を忘れて「探偵ホッグ」シリーズの解答や裏話を聞いた。

そしてアルマも普通に喋れるまでにミステレと打ち解けた。


「た、たのしかった。ミステレちゃん。わたしの弟子になってよ。」


「⋯ほ、ほんとですかっ?!や、やった、やったぁっ⋯」


ミステレはついに泣き出してしまった。


慌てるアルマ、涙のなかなか止まらないミステレ、それほどまでに嬉しかったのだろう。



アルマの家には何もないのでとりあえず今日は帰って貰い、また準備をしようとアルマは提案したが、ミステレは魔女の慣習にのっとって断固拒否、床で寝ると言い出すので結局2人は同じベッドで眠りについた。


1つのベッドに身を寄せ合いながらお互いの秘密を少しだけ話した。


アルマが実はただのコミュ障であることを知ったミステレは大笑いした。


ミステレは昔アルマに救われたことがあるため憧れていたと聞いたアルマは何も覚えていなかったが、顔を真っ赤にして照れた。


そうして2人は笑い合いながら眠りについた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る