第6話

「美空……っていうんだっけ? アンタ、いじめられてるんだろう」


「え……」


 美空はビクリと震えて身を固くした。


「責めてるんじゃねーよ。アンタ、可愛いからさ。妬まれてるんじゃないかって思っただけ」


 そんなふうに言われたのは初めてだった。自分は、根暗だから疎まれるのだとばかり思って余計引っ込み思案になっていたから。


「今度またやられたら、あたしの名前出していいよ。イキがってる奴なら、ぜったい知ってる。船中にいたとき、けっこう有名だったからさ」


 鋭利な目に優しい色を浮かべて、凛は言う。実は彼女、ここに来るまでは札付きの不良で、男にも負けないほど喧嘩が強かった。もっとも今はボクサーなので、一般人相手に拳をふるうことはないが。


 美空と凛はそれから時間をかけて打ち解けあい、美空もジムに通い始めて、二人はすっかり親友になった。


 あの恐ろしい事件がなければ、今でもきっと、最高の友であり続けたはずだ。


(ごめん、凛。あの日私が「怖い」なんて言わなければ……)


 凛を失うことのほうが、本当はずっと怖かったのに。


 その日は、美空のプロテスト受験の日だった。凛とトレーナーの杉本からボクシングを叩き込まれた美空は、はじめのうちこそ受験を躊躇していたものの、ともに戦いたいという凛の言葉に負けて、受験を決めた。簡単な筆記テストと、スパーリングなどの実技。受からないわけがないと凛のお墨付きをもらい、車で会場へ向かうところだった。


 美空は免許を持っていないので、ジムからタクシーに乗っていく。ドアを開けてシートに乗り込んだとき、ふいに恐怖感が襲ってきて、美空は見送りに来てくれた凛に言った。


「やっぱり、一人で行くの、怖い……」


 会長はあとで会場に来てくれると言っていたけれど、突然、いじめられっ子だったころの弱い自分が蘇ってきたのだ。


「しゃーねぇなぁ」


 この後、次の試合に向けて、他ジムから呼んだランカーとスパーリングの予定だった凛は、困ったように頭をかいた。

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