わたしのすきな人

伊東ミヤコ

わたしの記憶



「ひびきくん……!」


 わたしの誕生日には、いつもひびきくんが会いにきてくれて、優しい笑顔で抱き上げてくれる。


はな、おめでとう。また大きくなったね」


 こんな表情、響くんがわたし以外の誰かに向けるところなんて、見たことがない。


「ひびきくんも、おたんじょうび、おめでとう」


 そして、わたしと響くんは誕生日が同じ、7月18日。子どもながらに、運命だとしか思えなかった。


 わたしは、響くんが大好き。響くんも、わたしが大好き。だから、大人になったら、響くんと結婚するの。響くん以外の人なんか、目にも入らない。


「プレゼントだよ。改めて、誕生日おめでとう、花」


「わあ。ありがとう、ひびきくん。あけていい?」


「もちろん」


 待ちきれなくて、答えを聞く前に封を開けていた。


「かわいい!」


 中には、わたしがずっとほしかった、周りの友達がみんな持ってるキャラクターのぬいぐるみ。何回もお願いしたのに、どうせすぐ飽きちゃうからと、お父さんとお母さんは買ってくれなくて、夜ベッドの中で一人で泣いていたんだよ。響くんは、そんなわたしの気持ちまで、全部わかってくれる。


「あ。もうひとつ、はいってる」


「うん。そっちも開けてみなよ」


「なんだろうなあ」


 たしか、この黒と赤の袋は、響くんがよく行くというお店の……。


「わあ……はなと、ひびきくんのうただ!」


「そう。よく読めたね」


『響き・花・間』というタイトルの曲が収録されている、現代曲集のCDが入っていた。これは、わたしの永遠の宝物。


「よめるよ。だって、ひびきくんのなまえ、かんじでもかけるんだよ」


 響くんの名前が書けるようになるまで、何百回練習しただろう?


「クセナキス? こんなの、花には難しいだろ」


「やめて、パパ。はながもらったんだから、さわらないで」


 横から、ちょっと面白くなさそうにCDに手をのばした、お父さんの手を払いのけた。


「いいなあ、花。響くんから、ふたつもプレゼント。そのCD、お母さんにも、あとで聴かせてね」


 隣のお母さんは本気でうらやましそうで、優越感を抱きながら、響くんのひざの上にのる。


「はなも、ひびきくんにプレゼントがあるの。あのね、おてがみ。パパがいないところで、よんでほしいの」


「ああ、それがいいね」


 お父さんにからかうような視線を向けてから、楽しそうに手紙を受け取ってくれた、響くん。手紙の中身は、そのときのわたしの真剣な気持ちだった。



 ひびきくん

 けっこんしてね

 はながおとなになったら

 むかえにきてね



 当然、“いいよ” の返事がもらえると思った。でも、数日後に届いた響くんからの手紙には、こんなふうに記されていた。



 てがみ、ありがとう。

 はなのことがだいすきだから、すごくうれしかった。

 でも、べつのうんめいのあいてが、はなにもきっとあらわれる。

 はなのパパにとってのママ、ママにとってのパパみたいなね。

 だから、そのひをたのしみにしているといいよ。



「響くん、何だって?」


 何も知らず、ニコニコ笑いながら、お母さんがのぞきこんでくる。


「……はなのこと、だいすきだって」


「そっか、よかったね。花は、響くんにとって、特別だもんね」


「うん……」


 全部、わかっちゃったの。響くんには、わたしよりもっと大切な誰かがいるんだって。それなのに、わたしがあんな手紙を渡しちゃったから、ものすごく考えて、悩んで、こんなにも真面目な返事を子どものわたしに書いてくれたんだ。


「もう一回、お返事出してみれば?」


「うん。そうする」


 お母さんに背を向けて、わからないように涙をぬぐいながら、もう一通の手紙を書いた。



 おへんじありがとう

 わたしもひびきくんがだいすきだけど

 うんめいのあいてというひとをまってみます

 おうえんしてね



 これなら、響くんがよろこんでくれると思った。困らせないですむって。


 予想どおり、響くんは満足そうな反応を示してくれた。さすが、花。そんなふうに思ってくれたに違いない。


 ねえ、響くん。今は、こんなに背も年も離れているけれど、わたしが大人になって、身長だけでも差が埋まったら……もう一度、本当の気持ちを伝えてもいい? その日が来るまでは、響くんが望むような、聞き分けのいい、ピアノの練習も頑張る、そんなわたしでいるから—————。


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