第2話
「なんじゃと! おぬしはこれより先の未来からきたじゃとー!」
彼女は俺の説明を聞き、あんなにも弱っていたのに大声を出して驚いていた。声に力が戻っていることに、むしろ俺の方が驚く。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「未来から来たなどと聞いて、驚かずにおれるか! 儂はてっきり、この社の周りの村に生まれた子かと思っておったのじゃぞ」
彼女はじろりと俺の全身を眺めると、眉をひそめた。
「確かに見たことのない服を着ておるわ。いやはや、長く生きるとそういった細かいことに気が付かなくなるでな」
そう言って、俺の着ているパーカーとジーンズを摘まんだり、引っ張った。
「欲しいようなら、持ってこようか?」
俺がそう言うと、彼女は狐耳をぴくりと動かし、ぱっと顔を明るくした。
「おお……! それはありがたい。まこと久しぶりの供え物じゃな。たとえ食うものではなくとも、嬉しいものよ」
まるで子どものようにパーカーの裾を撫でる仕草に、胸がじんとした。俺の幼いころと変わらぬ仕草。
「でも、なんでこんなに寂れちゃったんだ? 社って、普通なら誰かが掃除したり、参拝に来たりするんじゃないのか?」
問いかけると、彼女は少し目を伏せた。
「……本来ならば、この社はある武家に守られておったのじゃ。代々の当主が社を支え、ここまで来る人々を護衛などして賊を心配せず参れるようにしておった」
「じゃあ、どうして……」
「戦でその家は一族もろとも討ち死にした。残されたのは女子しかなく、家は断絶」
彼女の声は淡々としていたが、その奥にある孤独と絶望は痛いほど伝わってきた。
「もともと、このあたりは人里も少なく、参る者もわずかじゃった。ましてや後ろ楯を失い荒れ果ててしまえば、来たがる者などいなかろう。それでの、儂ももう終わりかと思っておった」
彼女は荒れ果ててしまったこの場所を見つめ、遠い目をする。
「このようにして消えていった神は昔から数多くいる。わらわもその一柱に過ぎぬはずじゃった。なぜか消えぬまま、弱り続けておったが……おぬしがいてくれたから、生きられたのじゃろうな」
彼女は俺に視線を戻し、少し柔らかく微笑んだ。
「だからそんな悲しそうな顔をするな」
そう言った直後、ぐぅ、と彼女の腹が鳴った。
「……っ」
狐耳がぴくりと揺れ、彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。
「お腹減ってるのか?」
「む、むう……神ともあろうものがこのような姿を見せるとは……」
彼女の耳の先まで赤くなっている。俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっと待ってて。今から色々持ってくるから現代の食べ物。きっと気に入ると思うよ」
そう言って蔵を抜け、屋敷に戻った俺は、台所から手当たり次第に食べ物を詰めて社へ戻った。コンビニで買ってきていたカップ麺やおにぎりで少し悪いような気もするが一先ずはお腹を満たしてもらおうと持っていく。
「ほら、これ」
俺はすぐに食べられるおにぎりを差し出すと、彼女は目を丸くしてひとつ手に取った。
「握り飯か、ありがたい。む、この握り飯を包んでいるものはどうやって開けるのじゃ」
確かに、三角おにぎりのビニール包装は、江戸の人間からしたら謎の仕組みだ。
「えっとね、ここに番号が書いてあるだろ。まず1を引っ張って、それからを2、3と引っ張るようにめくるんだ」
「おお、開いた! 不思議なものじゃな。どれどれ、久しぶりの握り飯じゃ」
嬉しそうにひと口かじった瞬間、狐耳がぴんと立った。
「う、美味い……! 美味い、美味い!」
子どものように目を輝かせて食べる彼女を見て、俺はつい笑顔になってしまう。
「こっちは温かいもの。お湯を注いで三分待つんだ」
俺はカップ麺のふたを開けて湯を注ぎ、三分後に差し出した。立ちのぼる湯気に、彼女の狐耳がふるふる震える。
「む……香ばしい匂いじゃ。これは……うどんか? いや、蕎麦とも違うな」
彼女は見慣れぬ料理を前に戸惑っていたがずずっと音を立てて麺を啜った瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「歯ざわりがうどんよりはコシがないがそばよりあって独特で、それにこの汁……! 今までに食べたことのない汁じゃ。魚の出汁でもない……これはいったい何を混ぜておるのじゃ?」
「えっと……多分、豚とか鶏とかの骨を煮込んで作ったスープだな」
思わず口にした瞬間、しまった、と思った。江戸時代では仏教の影響で、獣の肉を食べるのはご法度だったはずだ。獣肉は四つ足として忌避され、せいぜい畑を荒らす猪や鹿を倒したときに、隠れてこっそり食べる程度だったとか。
「ごめん。出すべきじゃなかったかも」
俺が気まずそうに言うと、彼女は逆に目を輝かせた。
「なんじゃと! 豚や鶏の骨から取った出汁とな? ふふ、だからこそこの深き味わい……! この時代の皆も気にせず食べれば良いのにのう、こんな美味しいものを食べられないなど可哀そうに」
彼女はそう言って、全く気にせぬ様子でもう一度麺をすすった。
「わしは気にせぬ。旨きものは旨きものじゃ! それでこれは何という物じゃ?」
狐耳をぴんと立て、尻尾を左右に振りながら、豪快に麺をすする姿を見て、俺は胸を撫で下ろした。
「カップラーメン。現代の即席料理さ」
「かっぷ、らーめん」
初めて聞く単語をたどたどしい発音で繰り返し、麺をすする。
その姿に笑いながら、ふと気づく。
「そういえば、俺……君の名前、聞いてなかったな」
「儂の名か?」
「うん。ずっとお姉ちゃんって呼んでたし」
彼女は少し恥ずかしそうに、それでも誇らしげに胸を張った。
「久しく呼ばれておらぬが、わらわの名は
「
「倫太郎か……ふふ、よき名じゃの」
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