Destinya@in.fortuna.ne.jp
Yukl.ta
前編
五階建てのビルの屋上。
そのフェンスにもたれかけながら、俺は一人立ち尽くしていた。
すぐ下を見下ろせば、忙しそうに歩を進める人々が目に映る。
俺は後ろを向いて周囲を見渡す。
だが屋上には、俺の他には誰もいない。
当然だ。
このビルの会社は、ほんの数ヶ月前に倒産したのだから。
…俺の勤めていた会社だった。
それほど愛着があったわけでもないが、決して短くない期間勤めていた場所だ。感慨深くもなる。
だが、今日この場所に来たのは、感傷に浸るわけでも思い出に縋りに来たわけもない。
俺は今、フェンスの『向こう側』にいる。
一歩でも足を前に踏み出せば、地面に向かって一直線である。
そう、一歩踏み出せば、この場所に来た俺の目的が達成される。
下にいる何人かが足を止めて、俺を指差している。
俺は身を乗り出すと、勢い良く空に向かって足を踏み出した。
俺は、間違っていない。
〈FortunaMail〉が示す未来に、間違いなんて有る筈無いのだから。
話は半年前に戻る。
つまらない日々だった。
仕事先と自宅を往復するだけの毎日だった。
朝起きて、会社に向かう。
いつもと変わらない仕事。
帰宅しても迎えるものは誰もいない。
一人飯を食べ、万年床に横になる。
そして、また朝が来る。
その繰り返し。
代わり映えのしない毎日を、ただダラダラと過ごす日々。
昔は夢があった。
社会で活躍してやる。
そんな幼い夢を抱えていた時期もあった。
だが、いざ社会に出れば、そんな夢も露と消えた。
学生の頃は、慎重で思慮深いと思っていた俺の性格も、社会に出れば、ただの優柔不断な臆病者だった事を自覚させられた。
判断を迷っているうちに、事態はどんどんと悪化し、気付けば上司からお説教。
今日も「決断が遅い!」「そんなんじゃやっていけない」と怒られた。
俺は溜息をつきながら家路につく。
自宅の近くを通る時、苛ついていた俺は、近くの壁を蹴飛ばした。
運が悪いことに、その壁の家の人に見られ、ここぞとばかりに文句を言われる。
うるさい、クソジジイ!
俺は家に帰り、冷めた弁当を食べながら、ふと考え込む。
仕事も私事も、上手く行かない。
自分でも、燻っているのは解ってる。
だが、きっかけがない。
自分を変えるきっかけがない。
このまま漫然と、目的も無く、ダラダラと過ごすのが、俺の運命なのか…。
そんな思いが心に過る。
その時。
♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫
傍にあった携帯電話が鳴り始めた。
なんだよ。
俺は携帯電話を手に取り、画面に目をやる。
メールが着信していた。
知らないアドレスからだった。
俺はそのメールの文面に目を通す。
ーーーーーーーーーーーーーー
『〈FortunaMail〉
あなたは、運命を変えられると思いますか。あなたは自分の運命に満足してますか。あなたは、幸せですか。あなたは運命を、変えたいですか。』
『Yes』『No』
ーーーーーーーーーーーーーー
…なんだ、この文章?
その妙な文章の下には、『Yes』『No』の選択肢が表示されていた。
Fortuna Mail?
なんて読むんだ?
フォル…トナ? かな?
迷惑メールか?
俺は反射的にメールを削除しようと指を動かす。
だが、ふと、考え直す。
俺は、もう一度、メールの文章を読み返す。
『運命を』『変える』
そのフレーズが、俺の視界に止まる。
少し考えたあと、俺は、画面の『Yes』の表示を選んでいた。
直後、
♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫
再びメールが着信する。
内容は、
ーーーーーーーーーーーーー
〈FortunaMail〉
明日、あなたの会社の同僚が困っています。
◻︎助ける→幸せがあなたに舞い降ります
◻︎助けない→不幸があなたを襲います
ーーーーーーーーーーーーー
なんだこりゃ?
再び届いたメールを見て、俺は唖然とする。
この指示通りにすれば、幸せになったり不幸になったりするのか?
これじゃ女子供が見るような、朝番組の占いコーナーじゃないか…。
俺は、悪戯のようなメールに期待した自分に溜息をつきながら、万年床に横になった。
次の日、朝。
会社の同僚から電話がかかってきた。
なんでも体調が悪く会社を休むから、代わりに会議に出て欲しい、という内容だった。
その同僚は頻繁に欠勤しており、そいつの仕事を肩代わりするなど日常茶飯事だった。
やれやれ、またか。
さっさと会社を辞めちまえ。
そんな事を考えながら、俺は会議の代行を了承する。
「助かったよ。親父の調子が悪くてさ…」
同僚は俺に感謝を伝え、電話を切った。
本当かよ…。
その日の夕方。
会議の代行をした事を珍しく上司に褒められた。
普段は嫌味な上司だったが、今日は少し優しく見えた。
帰り道。
俺は偶然、金を拾った。
一万円。なんだか得した気分だ。
…?
まさか…?
俺は今日あった出来事を思い返す。
同僚を助けた。
結果、上司に褒められた。
帰り道で一万円を得た。
運がいい。
運?
俺は、昨夜のメールのメッセージを見返す。
ーーーーーーーーーーーー
『助ける→幸せがあなたに舞い降ります』
『助けない→不幸があなたを襲います』
ーーーーーーーーーーーー
結果、俺は『助ける』を選択した。
まさか。
これは、このメールの効果か?
いやいや。
あり得ない。
俺は頭に浮かんだ荒唐無稽な考えを自分で否定する。
…いやでもまさか…。
その日の夜。
♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫
メールが着信する。
ーーーーーーーーーーーーー
〈FortunaMail〉
明日、あなたの会社に女性の新入社員が来ます。
◻︎優しくする→あなたに良い事があります
◻︎厳しくする→不幸があなたを襲います
ーーーーーーーーーーーーー
…また来た。〈FortunaMail〉
昨夜と文面が変わっている。
俺はそのメッセージを眺めながら、ほんの少しの期待を胸に、眠りについた。
次の日。
メールのメッセージ通りに、新入社員が来た。
若い女の子だった。
…ここまではメールの通りだ。
上司から、その新入社員の指導するように俺に指示が来た。
面倒臭いな。
それに、俺は人にものを教えるのが不得手だ。
しかも若い女性なんて、なおさら苦手だ。
…だけど。
俺は昨夜のメールを思い返す。
優しくするか、厳しくするかの、選択肢。
それに。
俺も新入社員の頃は苦労した。
後輩には同じ思いをさせたくない。
…頑張ってみるかな。
俺は、久し振りにやる気になると、今日一日、自分の仕事の傍ら、後輩の指導に取り組んだ。
夕方。
「あ、あの…、ありがとうございました!」
新入社員が俺に礼を言った。
「す、すごく緊張していたんですが、親切に指導して頂いて、嬉しかったです。」
ぴょこんと頭を下げる。
指導に一所懸命だったから気付かなかったが、よく見れば、なかなか可愛らしい子だった。
可愛い子にお礼を言われるのも、悪くないな。
俺は気分良く退社の準備を始める。
…そう言えば。
昨日俺に仕事を押し付けた同僚が来ていない。
俺はそれとなく上司に聞いてみた。
「ああ、あいつは欠勤ばかりしてたからな。新入社員も来たし、あいつはクビだ。」
…世知辛い世の中である。
だけど、これで仕事も楽になるかもしれないな。
メッセージの通りにしたから、後輩に好感を持たれたり、嫌な同僚がいなくなたんだから、良い結果になったと言える。
…〈FortunaMail〉。
これは、本物かもしれない。
数日後。
例の後輩社員から、食事に誘われた。
女性と食事なんて、久しぶりだ。
俺は、期待に胸を膨らませ、待ち合わせの場所に向かう。
目的地は電車で数分の公園だ。
俺は急ぎ駅に向かって足を進める。
次の時間の電車に乗りそびれると、遅刻確定だ。
駅の改札を抜け、一時停車している電車に乗る寸前。
♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫
メールが着信する。
ーーーーーーーーーーーーー
〈FortunaMail〉
今、あなたは電車に乗ろうとしています。
◻︎乗らない→生きる
◻︎乗る→死ぬ
ーーーーーーーーーーーーー
は?
死ぬ?
なんだそりゃ。
俺はメッセージの内容を無視して、電車に乗り込もうとする。
だがその寸前。
先日のメールのメッセージと結果を思い出した俺は、躊躇い足を止める。
躊躇する俺の目の前で、電車の扉が閉まっていっ。
結局俺は電車の乗らなかった。
後輩には、遅刻することを電話で伝える。
数分後。
結果として、俺は、選択肢の通り、生き残った。
俺が乗りかけた電車が脱線事故を起こしたのだ。
電車は横転し、多数の怪我人と、死者を出した。
もしあの電車に乗っていれば、俺は死んでいた。
間違いない。
俺は確信する。
あのメールは、〈FortunaMail〉は…
本物だ。
電車の事故以降。
俺は〈FortunaMail〉の指し示す選択肢の通りにした。
ーーーーーーーーーーー
◻︎子供に優しくする→幸せ
◻︎子供に冷たくする→不幸
ーーーーーーーーーーー
迷子の子供を警察に連れて行った。
結果、親から感謝され、礼金を貰った。
ーーーーーーーーーーー
◻︎病人を助ける→幸せ
◻︎病人を助けない→不幸
ーーーーーーーーーーー
道に蹲っている婆さんを病院まで連れて行った。
帰り道。偶然やったクジが当たり、新型テレビを貰った。
〈FortunaMail〉の選択肢に、間違いはない。
指示通りにしていれば、俺は幸せになれるんだ。
運命を支配したんだ。
俺は、これからの未来に、心を躍らせた。
[後編に続く]
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