後編

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

出社前。会社の職員用通路で。

メッセージが届いた。

次の選択肢は、なんだ?

俺はワクワクしながら携帯の画面を見る。

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたと仲の良い女性社員がいます。

◻︎優しくする→不幸があなたを襲います

◻︎辛くあたる→幸せがあなたに舞い降ります

ーーーーーーーーーーー

…?

俺はこのメッセージに違和感を感じた。

何かが違う。

そこに、例の女性社員が、

「おはようございます!」

と明るく俺に挨拶をしてきた。

俺は、反射的に挨拶を返そうとしたが、思い留まる。

そして、女性社員をプイと無視して、歩き出す。

俺の態度に驚いたのか、女性社員は呆然としているようだ。

危なかった。

うっかりいつも通り、優しくしてしまうところだった。

〈FortunaMail〉の選択肢の通り、優しくしてはいけない。

辛く当たらなければ。

だが、一緒に仕事をしている都合上、無視したままでもいられない。

こうなると、辛く当たるのも面倒臭くなってきた。

…うっとうしいな。

いっそ、いなくなればいいのに。

俺は何と無くそんな事を考えた。

次の日。

彼女は会社に来なかった。

昨日帰り道で、駅の階段から足を踏み外し、怪我で入院したらしい。

〈FortunaMail〉に関係あるのか?

まあいいか。

煩わしさが減った。

結果オーライだ。

〈FortunaMail〉に間違いはないのだから。

俺は鼻歌混じりで仕事に戻る。




ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたの目の前に仔犬がいます。

◻︎蹴飛ばす→幸せがあなたに舞い降ります

◻︎餌を与える→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーー

近所をぶらぶらしていると、可愛らしい仔犬がいた。

潤んだ瞳で、俺を見上げている。

ちょうどいい。

俺は躊躇うことなく、仔犬を蹴飛ばす。

何かが潰れる感覚が、俺の足先に響く。

数メートル先まで飛んで、地面に落ちる仔犬。

口からは涎とも泡とも言えないような血の塊が流れ出てきている。

俺は汚らしいものでも見るような視線を仔犬に向けた後、その場を去る。

…始めて動物を蹴飛ばしたが、以外とスッキリする。

さすが〈FortunaMail〉だ。

いいストレス発散ができた。ついている。

さて、この後、どんな幸福が俺に舞い降りるか。

楽しみだ。


Fortuna。フォルトナ。フォーチュン。

ローマ神話に伝えられる、運命の女神の名前。

タロットカードの「運命の輪」のモデルでもある。

その姿は、人の運命を容易に操れる舵を携え、

定まらない運命を象徴する不安定な球体に乗り、

幸福と不幸の均衡の危うさをを現す羽根の生えた靴を履き、

幸福が満ちることのないことを示す底の抜けた壺を持っているとされている。

そう。運命の女神とは、幸福を司るものではなく、同じだけの不幸を天秤にかけながら人の運命の行く末を眺めている存在なのかもしれない…。




休日。

真夜中三時。

♫♫♫♫…

携帯電話が鳴ったような気がした。

…うるさいなぁ。

俺はその音に目を覚ますことなく、布団を被る。

それから数時間後。朝七時。

目を覚ました俺は、携帯電話を見て驚く。

夜中の三時に、〈FortunaMail〉の着信があったのだ。

内容は…

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたは今眠っています。

◻︎朝の四時に起きる→幸せがあなたに舞い降ります

◻︎朝の四時に起きない→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーー

…おいおい、マジかよ。

結果として、俺は〈FortunaMail〉の選択肢で、『不幸』を選んだことになる。

…やばいんじゃないか。

俺の胸に不安が過る。

その日。

買い物の為に街中を歩いている時だ。

交差点で、歩行者専用の信号が青になったので、俺は横断歩道を歩き始めた。

「危ない!」

通行人が俺に向かって声を張り上げる。

その声に驚き俺の動きが止まる。

その瞬間だ。

俺の鼻先数センチを、トラックが掠めた。

俺は風圧に飛ばされ、尻餅をつく。

危なかった。

死ぬところだった。

よく見れば、信号はまだ赤だった。

声をかけてくれた人によれば、俺は赤信号だったにも拘らず、横断歩道を渡ろうとしたらしい。

なんだこれは?

俺は混乱する。

これは、〈FortunaMail〉に関係あるのか?

その後にも、俺はもう一度、死にかけた。

街中を歩いている時、俺は偶然、段差に躓き、体を支える為に前方に数歩踏み出した。

その瞬間。

真後ろにグワン!と衝撃音が奔る!。

鉄骨が、俺の後ろに落ちたのだ。

偶然躓いていなければ…、死んでいた。

俺は恐怖する。

そして確信する。

これは〈FortunaMail〉が起こしたものだ。

まさか。

〈FortunaMail〉の選択肢の通りにしなければ…

俺を不幸が襲う…。

それは、『死ぬ』ということか?

俺の背筋に冷たい汗が流れる。




それ以降。

俺は携帯電話から片時も目を離さず、常に身につけていた。

メッセージ通りにしなければ、俺は死ぬかもしれない。

その恐怖もあって、俺は〈FortunaMail〉の内容を遵守した。

〈FortunaMail〉の内容も、変化していた。

『◻︎目の前にいる人間を押せ』

や、

『◻︎道を歩く人を呼び止めろ』

などになったのだ。

今までは選択肢を示していた〈FortunaMail〉だったが、今では、このような指示…というより命令のような文面になっているのだ。



『目の前にいる人間を押せ』

駅のホームでそのメッセージを見た俺は、指示に従い、人混みに紛れながら目の前の男性を軽く押す。

男性はバランスを崩してホームから落下した。

その直後。男性は、電車に轢かれた。

俺の目の前で、紅い血潮が飛び散り、切断された腕の破片が舞った。



『道を歩く人を呼び止めろ』

メッセージを確認した俺は、瞬間的に近くを歩く人に声をかけて呼び止める。

その人が歩みを止めた瞬間。

看板が落下してきた。

鋭利な刃物と化したそも看板は、俺が呼び止めた人の首を切断する。

首のない人間が首から血を吹き出しながら俺の目の前に倒れる。

血の花が咲いたかのようなシルエットが印象的だった。


俺の目の前で不幸な事故が続いた。

だか、運がいい事に、俺は、死んでいない。

運が…いい?



俺の選択のせいで、〈FortunaMail〉の指示に従うせいで、人が死んでいる。

思えば、俺が選択肢を選ぶたびに、他人が不幸になっていった。

同僚がクビになった。

女性社員が怪我をした。

仔犬が死んだ。

電車の脱線事故で多くの人が怪我をした。

死者も出た。

全部、俺が悪いのか?

〈FortunaMail〉に従うことが、悪かったのか?

俺はずっと、〈FortunaMail〉に従う事は正しい事だと思っていた。

その事に疑問を抱くことはなかった。

〈FortunaMail〉を知ってから、俺は、物事を自分で決めてきたか?

〈FortunaMail〉に選択を委ねてきていなかったか?

その選択が、指示が、正しいのか間違ってるのか、自分で考えたか?

否。

考えたこともなかった。

だから、全部、俺が悪いのか?

これじゃあ、まるで〈FortunaMail〉の操り人形だ。

運命を支配した?

笑わせる。

支配したんじゃない。

支配されていたんだ。

…俺が悪いのか?

……俺が悪いのか?

………俺が…。

………。

……。

…。

違う!

俺は、選択肢の通りにしてきただけだ。

選択肢の通りにしていれば、何の間違いもないんだ。

現に、俺は、死んでいない。

〈FortunaMail〉に従っていれば、死なないんだ。

そうだ。

そのほうが、楽なんだ。

難しいことは、誰かに決めてもらったほうが、楽だ。安心だ。

そうだ。俺は、正しい!

〈FortunaMail〉は、絶対に、正しいんだ!



俺は、〈FortunaMail〉のメッセージの通りに行動する。

その結果。

俺の目の前で。

俺のいない所で。

人は死んでいく。

近所の煩いジジイの家にトラックが突っ込んだ。『道に小石を置いておく』と、ジジイは五体バラバラで死んだ。

嫌味な上司が、会社で首を吊った。『紐をデスクに置いておいた』だけで、いままでたくさん人のクビを切った奴が、最後は自ら首を吊るとは、まったく笑い話である。

社長が死んだ。社長の車の『タイヤに切れ目を入れた』だけで。会社は潰れ、多くの社員が仕事を失った。

その他にも、俺の知り合いや、無関係な人間が、俺の周囲で次々に死んでいく。不幸になっていく。

だが、朗報もある。

俺は死んでいない。

生きながらえている。

まるで、命がある事が、ただ唯一の幸福であるかのように。



『誰とも話すな』

実行した。

『誰にも会うな』

実行した。

『外に出るな』

実行した。

『食事をするな』

実行した。

実行した。

実行した。

実行した。

実行した。

その結果、誰が不幸になろうが、他人が無残に死のうが、知ったことか。



メールの頻度は、日に日に増して行った。

最初の頃は、数日に一回だった。

しばらくしたら、一日に一回。

その後は、数時間に一回へ。

今では、数分に一回だ。

数秒に一回の時もあった。

『立ち上がれ』

『歩け』

『飯を食え』

『排泄しろ』

『眠れ』

『起きろ』

全て〈FortunaMail〉の指示に従った。



俺は、ある時、ふと考えた。

考えを巡らしながらも、俺の目は携帯電話の画面を凝視し、手は一体化したかの如くそれを手放す事は無い。

俺は一言つぶやく。

「これじゃあ、生きてるって、言えるのかな。」

その瞬間。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

携帯電話にメールが着信する。

ーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

考えるな

ーーーーーーーーーー

俺はメールの指示に従い、考える事をやめた。




♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

着信音が鳴る。

数千回は聞いてきた音。

俺は画面に目を向ける。

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

死ね

ーーーーーーーーーーー

俺は安堵し


やっと


携帯電話を


…手放した。



[終]

 






[完]ではありません。

Re:Destinya @ in.Fortuna.ne.jp にて完結します

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