第2話 道場

 次の土曜日、愛弓は、ミナギリ道場を訪れた。


 道場は木造だが、最近建てられたものらしく、新しい木の香りがした。


「春気道」とやらを習いたくて来たものの、中に向けて声をかける勇気が出なくて、愛弓は、道場の前で逡巡していた。


(いきなり入っていくの怖いし……せめて練習風景だけでも、どっかから覗き見できないかな)


 あまり武道に詳しくないので、何をやっているのか、正直よく分からないのだ。


(もし厳しそうだったら、やめとこう……)

 

 迷いながら門をくぐり、思いっきり背伸びして、鉄格子のはまった窓から、道場の中を覗いてみる。広々とした和室の中心に、道着姿の若い女性が正座して、習字をしているのが見えた。


 白い道着に黒い袴で凛とした雰囲気だが、よく見ると、襟元が左前になっている。細いウエストとまっすぐな背筋が強調されていて、愛弓は思わず見入ってしまった。


 墨を磨るのに集中している女性は、愛弓が覗いているのに気づかないのだろうか。


切り揃えられた漆黒の前髪は、片方の眉を出すように斜めに流され、ほどけば肩に届きそうな横髪は、頭部に編み込まれている。


 半紙に伏せられた瞳も墨と同じ色で、真っ白な肌と赤い口唇を合わせて、控えめでたおやかな大和撫子の印象を受ける。年齢は、二十歳くらいだろうか。愛弓より年上なのは間違いない。


 真剣な表情で彼女が練習している文字は、「春」だった。しっかりとした美しい字である。


(武道やるために、精神統一してるのかな)


 考えていたら、ふいに顔を上げた彼女の視線に、ザクリと射抜かれた。


「何見てるの? 見学なら、ひとこと断わってからになさい」


 冷たい声で静かに叱責されて、愛弓はかぁっと赤くなる。


「ごめんなさいっ。邪魔するつもりはなくて……」


「言い訳はいいわ。玄関のほうに回って」


「はい……」


 有無を言わさぬ声で促され、愛弓は、道場の玄関で靴を脱ぐ。


 先ほどの女性が迎えに来て、先に立って中を案内してくれた。


「さっきあなたが覗いてたのは、メンタルトレーニングのための部屋よ。習字をしたり、絵を見たりして、感覚を鋭敏にするの」


「武道ってやっぱり、精神も大切なんですね」

 日本の伝統みたいなのを感じます、と愛弓は素直に感想を述べた。

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