第3話 雨と弓

 今日は朝から小雨が降っていた。爺ちゃんのでかい黒い傘をさしてバス停に向かう。茜とは登校時には話す事が出来ない。少し残念に思いながらも、バスを待つ列に並ぶ。


 バスに乗って三十分、バス停から三分ほどで高校につき傘を畳んでいると、「おはよう、静川くん」と後ろから声がした。


 振り返ると、長い髪を後ろでひとつに結んだ女生徒が佇んでいる。


「おはよう、瀬古せこさん」


 弓具を背負った彼女は、同級生で同じ弓道部の瀬古穂花ほのかさんだ。背筋がぴんとしてて綺麗な人だ。礼儀正しくて、俺を見かけると必ず挨拶をしてくれる。


「今日は雨で大変だったわね」

「そうだね。あんまり強くなくて助かったよ。弓具もあるし」


 俺と瀬古さんは傘立てに傘をしまうと、靴箱を開けて上履きを取り出す。瀬古さんは隣のクラスの人で靴箱が隣なので、背中合わせに会話する形になる。


「静川くんは部活休まないわね」

「まぁ、弓具一式買ってもらったからね」


 弓道は始めるにあたって胴着、袴、ゆがけ、足袋、矢、矢筒、弦なとが必要で、これらすべてを揃えると結構なお値段になる。弓道を始める時に一式爺ちゃんに負担してもらったので、部活にはきちんと出なくてはならない。


「真面目なのね」


 それ前にも茜に言われたな、と内心苦笑する。別に自分では思わないのだけれども。


「ところで静川くん、今週の日曜日って空いてる?」

「えーっと、空いてるけど……」

「なら、うちのクラスの人達と一緒に水族館に行かない?」


 つんのめりそうになって、慌てて体勢を立て直す。……びっくりした。


「大丈夫?転びかけてたけど」

「だ、大丈夫。ちょっと引っかかっただけ。え、えっと……なんで?」

「一緒に行く予定だった人が用事で行けなくなって、チケットが一枚余ってしまって。静川くんどうかな、と」

「いや……なんで俺?」

「静川くん、暇そうだし」


 暇そうに見えてたのか、俺。


「俺、瀬古さんのクラスの人と全然仲良くないけど、大丈夫?」

「大丈夫よ、私もあまり仲良くはないから」

「まじか」


 素で声が出た。確かに物静かなタイプだとは思っていたけれども。


「じゃあ、なんで……?」

「水族館、十人で行くと割引だから。一緒にいかせてもらったの」


 水族館行きたくてあまり仲良くない人と行こうとするのか。強い。


「オオサンショウウオがいるのよ。どう、行かない?」


 アピールポイント、オオサンショウウオなのか。好きなのかな。


「じゃ、じゃあ、一緒に行ってもいい……かな」


 行きたくて、というより瀬古さんの圧に押し負けて、俺は水族館行きを受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る