第二話:人型モンスター(言語が通じない人間は人型モンスターなのか?)とサイショノ(終着点)村
気がつくと、俺は何もない広大な野原に立っていた。
そよぐ風が、やけに肌寒い。
なるほど。
服がない。
全裸だった。
まあ、別にいいか。
周囲を見渡す。遠くには雄大な山々が連なり、空は一点の曇りもなく晴れ渡っている。近くにはせせらぎの音が聞こえ、目をやると綺麗な小川が流れていた。
何気なく水面に映る自分の姿を覗き込み、俺は正直、ショックを受けた。
そこにいたのは、明らかに彫りの深い白人の顔立ちをした、年も十代半ばほどの少年だったからだ。
生前の、渋みと経験が滲み出る俺のダンディな顔は、跡形もなく消え去っていた。
これは世界の根幹に関わる損失だ。
しばらく小川のほとりで、失われたダンディズムについて思いを馳せながら綺麗な石を探していると、二つのものを同時に見つけた。
水中でひときわ紫に輝く、拳大の石。
そして、小川の上流に立つ、小さな人影。
優先順位はもちろん、石が最優先である。
俺は小川に飛び込み、激しい水の流れと激闘を繰り広げながら、必死に紫の石を掴み取った。その時だった。
向こうから、一人の少年がやってきた。
顔はひきつっており、その表情は明らかに友好的とはいえない。
そういえば、ここは転生した世界だったか。
それなら、言語は通じるのか? 日本語はまず使えないとして、英語か中国語なら。いや、ここは南米大陸かもしれない。スペイン語から試すべきか?
「¡Hola!(こんちわ)」
「……?」
おかしい。少年は後ずさりを始めた。
やはり世界の共通言語、英語だったか。
「Hello(こんちくわ)」
「あ……あ……」
これも違うか。じゃあ、中国語か? いや、まさかのロシア語か?
そうやって次の言語を模索していると、少年が震える声で言った。
「た、助けて……」
ん?
日本語?
え?
「み、見逃してください……」
見逃す? どういうことだ?
俺が何か獰猛な野生生物にでも見えているのだろうか。
……ああ、なるほど。
全裸で小川に飛び込み、小石相手に暴れまわり、支離滅裂に数カ国語を叫ぶ。
確かに、これは野生動物の生態そのものだ。
そもそも、言語が通じない人間など、野生動物と大差ないのかもしれない。
「落ち着け。言葉は通じる」
「えっ」
「大丈夫だ。君に噛み付いたり、いきなり君を爆破したりはしない」
「な、なんだ……転s…いや、人型モンスターかと思っていました……すいません」
「いや、言語が通じないというのは、実質モンスターだと思ってもらって構わない」
「……?」
少年は、今の俺と同じくらいの年齢だろうか。
十代半ば。鮮やかな青い髪に、猫のような黄色い瞳をしている。
なるほど。この世界には、すでに髪染めの文化もカラーコンタクトの技術もあるらしい。
いや、ちょっと待て。
日本語が通じる。髪を染める若者がいる。カラコンもしている。
証拠は三つも揃った。
ここは間違いなく、日本だ。
「少年、名は?」
「あ、リオです」
「俺は、圭だ。篠原圭」
「ケイ……いい響きの名前ですね」
いきなり呼び捨てにされたことに少しムカついたが、まあ、若気の至りとして許してやろう。
「リオ、ここは日本か?」
「ニホン? なんですか、それ?」
「ふむ。では、東京か? ここは」
「いえ、ここはサイショノ村の近くの平原ですけど……」
どうやら、俺の完璧な推論は外れたらしい。
リオは不思議そうに首を傾げていたが、やがて肩に担いでいた釣竿を川へと向け、釣りを始めた。
俺も、いつまでも素っ裸で少年の隣にいるのはあらぬ誤解を招きかねないので、そのへんの大きな葉っぱをちぎって簡易的なパンツを作り始めた。
「なあ、リオ」
「はい?」
「その、サイショノ村というのはなんなんだ?」
「ええと、世界各地からやってきた冒険者たちが、最終的に辿りつく場所……冒険の終着点、みたいな感じですかね」
「ふ〜ん。宿はあるのか?」
「はい。冒険者の人たちでいつも賑わっているので、宿はたくさんありますよ」
なるほど。冒険者から金を巻き上げるために、観光客価格の宿ばかりが乱立しているのだろう。
そんな市場経済の考察をしていると、リオがおずおずと、しかし真っ直ぐにこちらを見て聞いてきた。
「あの……ケイは、どうやってここに? 服も着てないし……冒険者、ではないですよね?」
隠すことでもないだろう。
俺は正直に答えることにした。
アパートでシュールストレミングという缶詰を二週間ほど常温で放置して食べたら、まあ、正体不明の体調不良に見舞われて死亡し、気づいたらここに転生していた、と。
その言葉を、リオは静かに聞いていた。
俺が話し終えた瞬間、彼の顔から、すっと血の気が引いていくのがわかった。
なぜだ?
やはり、人が死ぬとかいう生々しい話は、この年頃の少年にはまだ早かっただろうか。
「て、転生者……」
リオの顔に浮かんだのは、困惑や同情ではなかった。
純粋な、恐怖の色だった。
彼が握りしめる釣竿が、カタカタと震え始める。
そして。
「ケイ」
リオは、絞り出すような声で言った。
「すぐに、ここから逃げた方がいい」
「……どうして」
「いいから、早く!」
彼の黄色い瞳が、俺の背後、遠くの森の方角を怯えたように見つめている。
「転生者は、見つかったら……」
「殺されるんだ」
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