第2章「妄想と精霊の副作用」

紅蓮王国・戦術局地下、精霊場観測室。

ユグ・サリオンは詩集を開いたまま、精霊の反応記録を見つめていた。

香りの残滓、沈黙の揺らぎ、光の軌道。

すべてが、語りに反応していた。


肩に止まっていたルクスが、ふわりと浮かび、記録紙の上を一周して戻ってくる。

ユグは小声で囁いた。


「……副作用って、君のことじゃないよな。

いや、語りに反応する精霊が一匹だけって、逆に副作用っぽいか」


(精霊が反応した。語りが届いた。……でも、届いた先が“精霊の胃袋”だったらどうしよう。詩を食べられて終わる未来、ちょっと怖い)


「……ユグ、また妄想してるでしょ」


セリナ・ノクティアが香環を調整しながら言った。

彼女の声は柔らかく、しかし容赦はない。


「妄想は語りの副作用だ。精霊が反応するのは、語りの火だけじゃなく、語りの妄想にもだ」


「それって、精霊にとっては迷惑じゃない?」


「迷惑でも、反応してる。つまり、語りは精霊にとって“うるさいけど気になる隣人”みたいなものだ」


リュミナ・ヴァルティアが沈黙の場から静かに言った。

「……隣人なら、距離を保つべきです。精霊は、騒がしさより余白を好みます」


ユグは頷いた。

「だから、沈黙が必要なんだ。語りの火は、余白がないと暴走する」


そのとき、イルミナ・フェルナが式図の端で小さく手を挙げた。

誰にも話しかけられず、誰にも話しかけず、ただ光の軌道を整えていた。


「……第2軌道、ずれてた……ごめんなさい……でも、修正できる……たぶん……」


彼女の声は震えていたが、光の座標は正確だった。

ルクスがふわりと浮かび、イルミナの式図の上を一周して、ユグの肩に戻る。


(ルクス、君も認めたのか。彼女の光は、語りよりも正確だ。

誰とも話さないけど、精霊とは会話してる。……僕より、ずっと)


セリナがそっと言った。

「イルミナって、魔法の時だけ別人になるのよね。

普段は小動物みたいなのに、光を描く時は……なんていうか、神話の筆記者みたい」


ユグは詩集を閉じた。

「語りの火が、精霊に届くには、沈黙と香りと光が必要だ。

それぞれが、語りの副作用を中和してくれる」


リュミナが静かに言った。

「沈黙は、語りの器です。

器がなければ、火は暴れます」


イルミナは式図を描きながら、誰にも聞かれていないと思って呟いた。


「……火が暴れたら、精霊が……怖がる……から……」


ユグは彼女の言葉に、そっと目を細めた。


(彼女の光は、語りより優しい。

精霊が逃げないのは、語りの火が彼女の光で包まれているからかもしれない)


その夜、語りの火は沈黙と香りと光に包まれていた。

精霊は、騒がしさではなく、余白に宿っていた。


ユグは詩集を開き、静かに語った。

ルクスがその声に反応し、肩の上で小さく震えた。


「……語りは、火だ。

でも、火だけじゃ、誰も守れない。

沈黙と香りと光があって、初めて、火は祈りになる」


(でも、椅子が硬いと祈りも曲がる。精霊が腰痛に反応したら、それはそれで新しい語りかもしれない)


| 妄想と精霊の副作用。

| 語りの火は、沈黙と香りと光に包まれ、精霊に届いた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、戦場を祈りに変える日が来ることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る