閑話2「金色の絶望、再び」
(モードレッド視点)
目を開けると、そこは、見慣れない森の中だった。
古代文明の強制転移術式は、僕を大陸のどこかへと無作為に弾き飛ばしたらしい。
「…失敗、か」
体を起こそうとして、腹部に走る激痛に、思わず呻き声が漏れた。
「ぐっ…」
ボールス・ロックウェル。 スキル派の『獅子』。
あの男の一撃で、まともに立つことすらできない。
今の僕では、勝てない。
だが、そんな肉体の痛みよりも、遥かに不快な感情が、胸の中心で渦巻いていた。
――アーサー。
7年ぶりに見た、あの顔。
全てを忘れ、何も知らず、ケイとエレインに守られながら、馴れ合っている。
その存在そのものが、僕の7年間の地獄を、嘲笑っているかのようだった。
「…なぜ、お前は……」
それは、もはや怒りや悲しみといった、分かりやすい感情ではなかった。
7年の歳月が、憎しみを熟成させ、昇華させた、空虚で、底なしの渇望。
「なぜお前は、何も失っていない・・?」
お前が全てを捨てたせいで、僕は妹を失った。
英雄の夢も、平穏な未来も、全てを。
なのに、お前は、失ったはずの仲間を取り戻し、何も知らずに笑っている。
その理不尽さが、許せなかった。
僕は、懐から取り出した小さな水晶――組織の通信用魔道具に、かろうじて魔力を注ぎ込んだ。
「……僕だ。座標を送る。迎えをよこせ」
通信が切れ、森の静寂が戻る。
腹の傷が、ズキリと痛んだ。
だが、その痛みさえ、今の僕には、心地よかった。
この痛みが、この憎しみが、僕を、さらに強くするのだから。
(20分後)
迎えに来た黒衣の部隊によって、僕は組織の拠点の一つである、古い城砦へと転移した。
案内されたのは、最上階にある執務室。
重厚な扉を開けると、そこには、一人の男が静かに佇んでいた。
華美な装飾を一切排した、漆黒の軍服。 銀の髪をきっちりと撫でつけ、その立ち姿には、寸分の隙もなかった。
僕を拾い、育て、そして復讐の力を与えた、この組織の指導者。
ガウェイン・アークライト。
僕がこの身を捧げると誓った、唯一の男。
「……申し訳ありません。ガウェイン様」
僕は、彼の前に進み出て、深く膝をついた。
「任務に、失敗しました」
彼は、僕を一瞥すると、静かに、しかし有無を言わせぬ力で、告げた。
「立て、モードレッド。その無様な傷、相手はボールスか」
その声には、怒りよりも、深い失望の色が滲んでいた。
「7年ぶりに再会した『旧友』は、どうだった?」
「・・奴は、何もかも忘れていました」
「そうか」
ガウェインは、ゆっくりと僕に歩み寄ると、その手で、僕の金色の髪を、まるで慈しむように、そっと撫でた。
「モードレッド。お前の才能は、ボールスを遥かに凌駕している。それは、私が保証しよう」
「……!」
「だが、今のままでは、お前は一生、あの男には勝てん」
その声は、静かだったが、何よりも重く、僕の心に突き刺さった。
「お前のアーサーへの憎しみは、本物だ。だが、それは、お前の剣を強くすると同時に、お前の視野を曇らせる、猛毒でもある」
彼は、僕の肩に、力強い手を置いた。
「我々の大義を忘れるな。王家が犯した禁忌は、私から全てを奪った。だが、奴らは同時に、パンドラの箱を開けてくれた」
彼の瞳の奥に、凍てついた憎悪ではない、揺らぐ炎のような、激しい渇望の色が見えた。
「箱の底には、死すら覆す『希望』が残されている。我らは、それを手に入れる。それだけだ」
彼は、僕の目を見て、静かに、しかし、懇願するように言った。
「モードレッド。もう一度、機会をやろう」 「次こそは、お前の猛毒を、制御してみせろ」 「もし、お前がその憎しみに喰われるというのなら・・」
ガウェインは、言葉を切り、そして、氷のような笑みを浮かべた。
「お前を、壊れた人形として、ここで処分するまでだ」
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