第九話「白銀の姉妹たち」
金色の光が収まっても、ルナの瞳は、確かな輝きを宿したままだった。
彼女はゆっくりと石の台座から立ち上がると、俺たちの前に降り立ち、その小さな体で、恭しく一礼した。
「自律人形(オートマタ)、モデルネーム『ルナ』。機能の一部を回復。マスター、および、マスターの仲間の方々に、改めてご挨拶します」
「おお!」
思わず、俺は感嘆の声を上げた。
さっきまでの断片的な報告とは違う。
流暢でハッキリとした声だ。
「ルナ、体の調子はどうだ? 何か思い出したか?」
俺が尋ねると、ルナはこてりと首を傾げた。
「ボディの自己診断を完了。基本機能は32%まで回復。しかし、メモリー領域の大半は、依然としてアクセス不能です。申し訳ありません、マスター」
「いや、いいんだ! 動けるようになっただけで、十分だ!」
俺は、その小さな頭をそっと撫でた。
無表情だったはずの彼女の唇の端が、ほんのわずかに、持ち上がった。
まるで、少しだけ微笑んでいるかのようだった。
「それより、ルナ。この扉、開けられるか?」
ケイが、本題を切り出す。
ルナは、巨大な扉を見上げた。
「はい。古代の動力炉(エンシェント・コア)により、私のマスター認証機能が回復しました。この遺跡のセキュリティは、マスター権限によって解錠可能です」
「本当か!」
ルナは、俺たちに「お下がりください」とだけ言うと、扉へと向き直った。
彼女が、その小さな手を扉の紋様に触れさせた瞬間。
触れた場所から、青白い光が紋様をなぞるように、扉全体へと広がっていく。
ズズン!と、地響きのような低い音が、遺跡全体に響き渡った。
数百年、あるいは千年以上も閉ざされていたであろう巨大な石の扉が、ゆっくりと、左右に分かれて開いていく。
扉の向こうから、ひやりとした、カビ臭い空気が流れ出してきた。
闇の奥へと続く、長い長い通路が見える。
「行くぞ」
俺は、新しく手に入れたSR【風禍ノ剣】を鞘から抜き、ルナをそっと肩に乗せた。
ケイが盾を構え、先陣を切る。
エレインが、杖に魔力を込めて、俺たちの後ろに続いた。
俺たちは、ついに、禁断の遺跡の内部へと、その第一歩を踏み出した。
通路は、驚くほど綺麗だった。
外見は苔むした遺跡だったが、内部は塵一つなく、まるで昨日まで誰かが使っていたかのようだ。
壁には、淡い光を放つ紋様が描かれており、松明がなくても、問題なく進むことができる。
「古代文明の技術、か。とんでもないな」
ケイが、感嘆の声を漏らす。
通路をしばらく進むと、俺たちは巨大なドーム状の空間に出た。
そして、その光景に、息を呑んだ。
ドームの中央には、巨大な水晶が天井から吊り下げられており、その周囲に、いくつものガラスケースのようなものが円形に配置されている。
そして、その全てのケースの中に、一体ずつ、人形が眠っていた。
銀色の髪、豪華なドレス。
そのどれもが、俺の肩に乗っているルナと、瓜二つの姿をしていた。
「姉妹機達」
ルナが、小さな声で呟いた。
「おい、こっちを見ろ!」
ケイの声に、俺たちはドームの壁際へと駆け寄る。
壁には、いくつものモニターのようなものが埋め込まれており、そこには古代文字で、びっしりと何かが記録されていた。
「ルナ、これは読めるか?」
「はい。読み上げます」
ルナの金色の瞳が、モニターの文字をスキャンしていく。
「『記録No.001:当施設は、<邪神>の本体封印を補助する、第一制御ターミナルである』と、あります」
「邪神」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の奥で、何かが鈍く痛んだ。
忘却の闇の底で、言いようのない絶望感と、全てを諦めてしまうような感覚を、一瞬だけ思い出した気がした。
俺は、知らず、自分の腕を強く握りしめていた。
ルナの説明は続く。
「『記録No.042:<邪神>本体の封印は、大陸北部の<始まりの地>にて継続中。当施設を含む、全12基の制御ターミナルは、正常に機能』」
「『記録No.731:7年前、原因不明の外部干渉により、<始まりの地>の本体封印が一時的に弱体化。緊急プロトコルを発動。万が一、封印が完全に解かれた時のための<最後の希望>として、個体No.0012および、もう一体を地上に射出』」
ルナの淡々とした読み上げが続く。
二体のオートマタ。
そのうちの一体、個体No.0012は、間違いなくルナだ。
なら、もう一体は?
「これ以上の記録は、このモニターにはありません」
「記録はここで終わり、か」
ケイが悔しそうに呟く。
エレインは、俺たちが通ってきた巨大な扉にそっと手を触れた。
「微かに、魔力の痕跡が残っていますわ。それも、かなり古い。誰かが、ずっと昔に、この封印を力ずくで解除しようとして、失敗したかのようです」
失敗の痕跡。
だとしたら、今のところ、この遺跡に侵入できたのは俺たちだけ、ということになる。
少しだけ安堵しながら、俺たちは、ドームのさらに奥へと続く、別の通路へと足を踏み入れた。
そこは、さっきまでの通路とは、明らかに様子が違っていた。
壁には無数のケーブルが這い、床には見慣れない機材の残骸が転がっている。
そして、その通路を抜けた先。
俺たちは、地獄を見た。
そこは、王家が後から作り変えた、おぞましい研究所だった。
ガラスケースの中にいたはずの、ルナの姉妹機たちが、何体も、無惨に解体され、手術台のようなものに固定されている。
その銀色の肌には痛々しい紋様が刻まれ、王家の紋章が入った機材に繋がれていた。
「ひどい」
エレインが、口元を押さえて息を呑む。
俺の肩の上で、ルナの体が、カタカタと小さく震えていた。
ケイが、床に落ちていた書類を拾い上げる。
「やはりだ。俺たちより先に、誰かがここにいたんだ。正面の扉が封印されていたというのに、一体どうやって?」
その答えは、近くにあったモニターをルナが起動させたことで、すぐに判明した。
そこに映し出されたのは、玉座に座るヴァレリウスが、眼下の研究者たちに指示を出している、高圧的な映像記録だった。
『忌々しい技術だ。7年かけても、制御プロトコルの解析は30%も進んでいない。だが、それももう終わりだ。先日、もう一体の<最後の希望>の所在が確認された。7年間も地上で活動していたサンプルだ。こちらの方が、遥かに利用価値がある』
『研究チームの主力を、ただちにそちらへ移動させよ。この遺跡は一時放棄するが、念のため、口の堅い番犬は置いておけ。"最後の希望"だと? 笑わせる。あれは、我がアストリア王国が世界を統べるための、最高の力となるのだ』
映像が途切れ、静寂が戻る。
間違いない。
王家は、この遺跡で、ルナの姉妹機たちを解析し、邪神の封印を乗っ取ろうとしていたのだ。
「これで、謎は全て解けたな」
ケイが、重々しく言った。
「敵の正体も、目的も、そして、この遺跡の秘密も。我々は、とんでもないものを掴んでしまったらしい」
「ええ」
エレインは頷き、そして決意を秘めた瞳で、解体された姉妹機たちを見つめた。
「この子たちを、このままにはしておけません。なんとかして、助け出す方法を」
エレインの言葉に、俺はニッと笑って見せた。
場の重い空気を吹き飛ばすように、わざと明るく、軽口を叩く。
「まあ、とりあえずは俺たちの勝ちってことだろ! ルナを引いた俺のガチャが、大当たりだったって証明されたわけだ! やっぱり俺はガチャの神様に愛さ――」
パチ、パチ、パチ。
俺の言葉を遮るように、研究所の入り口から、ゆっくりとした拍手の音が響いた。
俺たちが驚いて振り返ると、そこには、金髪の青年が、楽しそうに笑いながら立っていた。
「おめでとう。その通り、君の『神引き』だ。そして、僕の手間も省けたよ」
その声も、その顔も、俺は知らない。
なのに、なぜだろう。
俺の魂が、その男の存在を、知っていると叫んでいる気がした。
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