第8話 妹からのお願い
夕食後、私はシンクにたまった皿を洗う。
今日はカレーとあってそこまで大量にあったわけじゃないが、ララの分も合わせてそこそこの数がたまっていた。
「珍しいわね。ルリが皿洗いしてくれるなんて」
母さんが私を見てそんなことを言う。
「そう? 別に普通だと思うけど」
「いいやぁ? 普段はあんまりしてくれないから、珍しいと思うよ」
「そうかな」
そう言われると、ちょっと気恥ずかしいけど。
でも、言われてみればそうかもしれない。
前世じゃ家事の手伝いなんて一つもしてなかったし、皿とかも食べたままだった。洗濯物も脱ぎっぱなしだし、この世界でもめったなことがなきゃ家事なんて手伝ってなかった気がする。
直近だとほしいラケットがあってそのお小遣いのために働いていたくらいか。こうやって手伝うことはそうそうなかった。
「なに、もしかして何かいいことでもあったの?」
ニヤリと笑いながらそんなことを言う母さん。
「別に。何もないよ」
特に何もないので素直に答える。
「そう? ならそれでいいんだけど。あんたが家事手伝うなんて、本当に珍しいから」
「あんた娘のことなんだと思ってんだよ……」
思わずツッコんでしまった。
私だって暇な時くらい手伝う。
直近だと、大した手伝いはしてなかったけど、でもそれは面倒だからってだけだ。今はそんなに忙しいわけじゃないし、前世の記憶が戻ったからか面倒を面倒だと思わない節がある。言ってくれれば私だって少しは手を貸す所存だ。
そんな私を見て母さんはクスッと笑った。
「まあいいわ。それよりルリ、あんたララから大事な話があるって言われてたんじゃなかった? そっちの用早く終わらせた方がいいんじゃない?」
「え、あれ? 何でその話知ってるの?」
「そりゃ知ってるわよ、料理中なんて暇なんだから。聞く耳くらい立てるわ」
「あ~」
つまり盗聴と……。
まあそりゃそうか。キッチンと机の距離なんて数メートルくらいしか離れてないもんな。
そんなの聞こえないわけがない。
「あの……ちなみにララの大事な話に心当たりってある?」
「さあ、私は詳しい話聞いてないから。でも私には話しにくい話題みたいだから、もしかしたら勉強の話かもね」
「なるほど」
言われてみればその可能性はある……気がする。
母さんは勉強の話についていけないだろうし、私のほうが相談しやすいはずだ。もしかしたらテストの点が悪かったとかそういう話の可能性もある。
その場合私にできることは勉強を教えるくらいだけど……。
うん。でも正直、それ私に聞いて大丈夫か?って感じだ。私はそんなに勉強できるほうじゃないし、まだ友達に相談したほうがましだろう。
となると、勉強の話もやっぱり違うのか。
「あれ? なんか途端に不安になってきたな。難しい話だったらどうしよ」
ふと思う。相談事が何かはわからないけど、私じゃ期待に応えられないのではないかと。
もし何もできなかった場合姉として情けない姿を晒すことになってなんか嫌だ。そう考えたらちょっと心臓がドキドキしてきた。
「そんな身構えることじゃないでしょ。妹の相談なんだからサクッと解決して終わりよ」
「そうかねぇ〜」
相談相手が妹とはいえ、相談は相談だ。もし勉強の話であれば少しは役に立つだろうけど、それ以外なら難しい気がする。
「なんにしても気にしたってしょうがないでしょ。
あんたも姉なんだよ。ララが姉であるルリに相談するってことはそれだけ信頼されてるってことじゃない?」
私に変わって皿洗いをしながら、母さんが言った。
信頼、か。
そういわれると、ちょっとやる気が出るな。
あんまり人から頼られることがないし、答えられるかわからないけど。
でも、ララは普段から私にそういう話はしないから。
「ま、何でもいいか。とにかく行ってくるわ」
まずは話を聞いてからだ。
私はララの部屋に行ってくることにした。
「行ってらっしゃい」
背後からそんな声が聞こえてきた。
§
さて、ともあれやってきたのはララの部屋である。私はとりあえず部屋をノックした。
「ララー、ルリだけど…今いい?」
声をかけてすぐ、ドアの奥から声が聞こえてくる。
「いいよー」
ララの声だ。
その声が聞こえてきて私は部屋に入った。
部屋はピンク色の壁面をした女の子らしい内装である。
ところどころぬいぐるみが置いてあって、それが女子力を底上げしている。
私の部屋とは大違いだ。私の部屋はぬいぐるみなんて置いていないし、というか別に好きじゃないから置くことはない。
「お邪魔しまーす」
ともあれ、私はララを探す。
ララはベットに座っていた。勉強後の休憩中だったのか、勉強机には先ほどリビングで見た教材が乱雑に置いてあるのが目に見えた。
「大事な話、聞きに来たんだよね?」
「もちろん」
私が返事をするとララはぬいぐるみを一つ持って地面に並べた。
正面にはちゃぶ台がある。どうやらここで話をしたいらしい。
「じゃあ早速話を始めようかな。ルリ姉もそこ座ってよ。ちょっと長くなるかもしれないし」
「はいはい」
私もララの言われるがまま反対側に座る。
長い話か。
少し気にかかるけど、やっぱり勉強の話なのだろうか。
しかし、周りを見てみても教科書が並べられている様子はない。つまり、勉強関連の話ではないということだ。
「ねぇ、一応聞くけど宿題の話とかじゃないよね? わからないところがあるとか」
「うん、そういう話じゃないよ。そもそもルリ姉あんまり頭よくないじゃん。そんなに頼れないよ」
「お、おう? 喧嘩売ってんのか?」
私はたしかに勉強は不得意だけども!
でも流石に小学生に舐められるほどバカじゃない。
私が目を細めていると、ララは懐からスマホを取り出し、机に置いた。
「私が今日相談したいのはそういうことじゃなくて、ダンジョンのことだよ」
「ダンジョン?」
ララは頷く。
どうやら今回は、ダンジョンについて聞きたいことがあるらしい。
ダンジョンか……まあ、それなら答えられないことはない…のか?
でも、話を聞いてみない限りまだよく分からないな。
ララはお茶を一口飲むと、ホッと息をつく。
「ルリ姉ってさ。ダンジョンのことどこまで知ってる?」
「どこまで?……ってどういう意味?」
「ほら、成り立ちとか、ダンジョン化したときの対処法とか、色々あるでしょ」
「あー。そういう?」
ダンジョンのこと。
私は冒険者でもないからそんなに深くは知らない。
これでも魔道具師だし、偶に戦うための武器を作ったりはするけど、実際に魔物と会ったことはない。だから詳しい話を聞かれてもちゃんと答えられないと思う。
ただ、学校で習ったことがあるので、それでいいなら答えることはできる。
「たしか学校の授業では、ダンジョンはもともと公共施設が大気中のマナによって魔物の住処になったものを言うって言ってたかな。どういう原理かは知らないけど、魔物が吸い寄せられるように施設に入って魔物の巣窟になるんだって」
簡単に言うと、そんなところだ。
つまるところダンジョンは公共施設が魔物の住処になったもののこと。例えば公民館とか、公園とか、学校とか、図書館とか。みんながもともと公共施設として利用していた施設が魔物の住処になり、ダンジョンとなる。
「他には? 何か知っていることはある?」
「他? ん~他か……」
情報がお気に召さなかったのだろうか。
私は他の情報も思い出してみる。
ダンジョンの情報。冒険者。警告区域。
千代からそういう話は偶に聞くことはあるんだけど……
「あっ、そうだ。ダンジョン化した場合、中にいる魔物は外には出られなくなるって言ってたな。千代から聞いた話だと、閉じ込められたみたいになるんだって」
思い出したのは千代の言葉だ。
『一度ダンジョンに入った魔物は外に出られなくなる。だから、昔の人は公共施設に魔物を詰め込んで外に出られないようにしてたんだ。そうすりゃ簡単に捕獲できるからな。それが今でも魔物と戦う方法の一つになってる。ルリも、もし奴らに襲われることがあれば近くの公共施設に逃げこむといい。もちろん、まだダンジョン化してない公共施設だ。そうすりゃ戦闘がダメでも生き残れる可能性は十分ある』
懐かしい記憶だ。
面白い内容だったから今も覚えてる。
「私もそう言う話は友達から聞いたんだ。魔物から追われたら公共施設に逃げろって」
ララもそれは知っているらしい。
「……けど、そんな魔物たちが外に出てくる場合があるって言うのも、ルリ姉は知ってる?」
一拍空けて、そんなことを聞かれた。
外に出る場合?
一体どんな場合だろうか。
と、思ったがすぐにピンときた。
「モンスターパレードのこと?」
「まさしく!」
ララは手でオッケーサインを作る。
どうやら正解だったらしい。
「ダンジョンが出来て5年が経つと中にいる魔物がダンジョンの外に出られるようになる。つまり、周囲の人々を襲うようになる」
指を立てつつそんな説明をする。
机に置いたスマホには、まさにそんな情報の書かれたネット記事が映っていた。
最近話題になってるやつだ。
ここ周辺が警告区域に指定されたり、学校でも先生に注意を促されたり。
私も最近ララと一緒に帰ってるし、それもこれもモンスターパレードが起きそうだからだ。
「えーっと。つまり? ここも危険だから家族みんなで気を付けようってことですか?」
ちょっと話が見えなくて、仰々しく聞いてみる。
だけどララは首を横に振った。
「そういうことじゃなくて。まあそれもそうなんだけど、私がルリ姉に言いたいのはさ。今回のダンジョンーー坂野原中学校をルリ姉がどうにかできないかなって思ったんだよ」
「はぁ?」
突然の突拍子のない言葉に私は呆然とした。
言いたいこといっぱいある。けど、まず、こいつは何を言っているんだろうか。
ダンジョンを攻略する?私が?いや、無理だ。何がどうなっても不可能だ。
そもそもダンジョンっていうのは戦う力がないと攻略できない。
私はただの魔道具師。戦線に出たところで魔物一匹に瞬殺されて終わりなのは目に見えてる。
「どうにかって……あの…一応私はただの中学生なわけで……女の子一人でダンジョンを攻略できるほど甘い話ではないと言いますか……」
ララにはわからないかもしれないが魔物というのは本当に危険な存在だ。相手が女だろうが子供だろうが問答無用で襲ってくるし、最悪骨も残らず食べられてしまう。
私だって実際に会ったわけじゃないからその本当の怖さは分からないけど、でも千代を見てれば何となく想像がつく。あれだけの力がないと生き残れないんだなって。
そんな私にララは呆れた顔をした。
「誰がルリ姉に戦えって言ったの? 流石の私もそんな無茶は言わないよ。ルリ姉なんてそこら辺の一般人にすら劣るくらいなんだから」
「……うっ」
我が妹ながら言葉の刃物が痛い……。
間違いではないけどね。私なんて魔物と戦えば瞬殺されるっていうのは事実なんだけどね。でもそれを直に言われるとプライドが傷つく。
「だからさ、ルリ姉にお願いがあるの」
「お願い?」
「そう」
ララは机の上でグッと拳を握った。
お願い。
ここまでの話を聞く限り、そう簡単な話ではなさそうだ。果たして私に達成可能なものなんだろうか。
「あのねルリ姉ーー」
「!」
それから、ララはその『お願い』とやらを口にした。
「うげっ。それマジでやらなきゃダメ?」
それを聞いて、私は苦い顔をするしかなかった。
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