10.行く先
「さて、薬を作り始めようか」
ダイニングテーブルの上に素材を並べる。作る薬は二つ。寄生虫を殺す薬と生命力を高める薬だ。
「ルナ、本当に大丈夫? 何か協力するよ」
「手伝いが欲しいなら、私も手伝うぞ」
「二人ともありがとう。でも、大丈夫。こっちには錬金術師の英霊がいるから」
女の子とレイが心配そうに見つめる中、私は腕まくりをして気合を入れた。
すでに錬金術師の英霊は憑依させている。だから、自分の頭の中では、何をすればいいのか手に取るように分かる。
「まずは、調合に必要な道具を作ろう。エルメリア、お願い」
エルメリアに自分の意思を伝えると、エルメリアから水滴のように金属が溢れだしていく。そして、それは様々な形を作り、調合道具に変化していった。
「凄い! あっという間に道具が出来ちゃった!」
「うむむ、これはなんとも便利な……」
二人が驚いたように声を上げた。だけど、ここで驚いてもらっては困る。
「この素材はすり潰しね」
早速、調合の開始だ。素材を一つ手に取ると、下にすり鉢を用意する。指に風魔法の力を宿し、ちょんちょんっと素材に触れていく。それだけで、素材は細切れになってすり鉢の中入っていった。
「次にすりこぎに魔法をかける」
すりこぎに魔法をかけると、すりこぎが自動で動き、素材をすり潰していく。
「わぁ、凄い! 道具が勝手に動いている!」
「何とも面妖な……!」
「こうすれば、作業も効率よく出来るでしょ? さぁ、他の素材も処理をしていくよ!」
私は次々と自動で素材を処理していく。切り刻んだり、一つずつ千切ったり、煮出したり。色んな作業を魔法を使って効率よく進めていく。
すると、あっという間に素材から成分の抽出を終わらせることが出来た。あとは、この成分を魔法を使って一つに纏めるだけだ。
二つのビーカーにそれぞれ必要な成分を抽出した水を注ぎ入れる。それが終わると、二つのビーカーの上に手を乗せた。
「よし、いくよ」
深呼吸をして心を落ち着かせると、手に魔法を籠めた。すると、ビーカーの中の水がグルグルと回り出して、成分が融合していく。
意識を集中させて融合させていくと、水の色が変わっていった。これが成分が融合した合図だ。
試しに英霊に備わっていた鑑定の能力を使う。すると、二つとも思った通りの薬が出来上がった。
「よし、これで薬の完成だよ!」
「本当!? 凄い、凄い!」
「まさに、神業だったな!」
完成したことを告げると、二人は驚いたように声を上げた。あの錬金術師は相当の腕の持っていた人物だったようで、薬は完璧に早く仕上げることが出来た。
「じゃあ、この薬を飲んでもらおう」
「うん! こっちだよ!」
女の子の案内についていき、お母さんが寝ている寝室までやってきた。
「お母さん、起きて。薬が出来たよ」
「……薬?」
「これが薬。順番に飲めば、元気になるよ」
「ほ、本当に?」
女の子がお母さんの体を起こさせると、お母さんは驚いたようにビーカーを見つめた。まず、寄生虫を殺す薬を手渡す。お母さんは戸惑ったような顔をしたけれど、意を決してそれを飲み干した。
「はい。次はこれだよ」
すぐに生命力を回復させる薬を手渡す。お母さんはそれを受け取ると、勢いよく飲み干した。
「お母さん、良くなった?」
「そんな急に……あ、あれ?」
「どうしたの?」
「体に力が……!」
やつれていたお母さんの顔にどんどん生気が戻ってきた。力が入らなかった体はちゃんとして、背筋が伸びていた。
「嘘……。さっきまで全然力が入らなかったのに!」
「薬が効いてきたみたいだね」
「こんなにすぐに元気になるなんて!」
お母さんの顔がパァッと明るくなった。そして、すぐに女の子を抱きしめる。
「お母さん、元気になったよ!」
「良かった! お母さんが元気になった!」
「どこのどなたか存じませんが、本当にありがとうございます!」
「ルナっていうんだよ! 私よりも小さいのに、凄い子だよ!」
親子が嬉しそうにそう言ってきて、私は心がくすぐったくなった。こうして感謝されるのがこんなに気持ちのいい事だったなんて。その気持ちよさの虜になってしまいそうだった。
親子は嬉しそうに抱きしめ合い、涙を流していた。
「良かったな。これも、ルナの力のお陰だ」
「うん。私の力が役に立って本当に良かった」
その光景はいつまでも見ていたいくらいに、優しく温かいものだった。
◇
その後、お父さんが帰ってきて、家族みんなでお母さんの回復を喜んだ。そして、家族みんなでまた感謝をされた。その時の気持ちはフワフワとした感じになるくらいに嬉しかった。
薬のお礼にと豪勢な食事が振る舞われ、私もレイも満足のいく食事が出来た。それに、一晩の宿も借りることが出来た。
女の子と一緒のベッドに寝転がり、楽しいお喋りをして、心地いいひと時を味わった。
そして、その翌日――。
「えぇ!? ルナ、行っちゃうの!?」
私は家をお暇しようとした。だけど、女の子はそうなるとは思ってもおらず、驚いた様子だった。
「ルナは捨てられたんだよね? 行く場所もないんだよね? だったら、ここに住めばいいよ!」
「そうよ。一人旅は危ないわよ。ウチの子になっちゃいなさい」
「私も歓迎だ。一人でいるよりは、安心して暮せるぞ」
女の子もその家族も私の事を心配して家にいて欲しいと願ってくる。その温かさに寄り添いたい気持ちはあるが、今は別の目的が出来てしまった。
「ありがとう。やりたいことがあるから、私は行くね。それに、一人じゃないから平気だよ」
「私がちゃんと守る。だから、安心して欲しい」
大きな体になっていたレイがそう言ってくれると心強い。すると、女の子が寂しそうな顔をして、私を抱きしめてきた。
「仲良くなれたのに残念……。気を付けて行ってね。いつでも、戻ってきてもいいからね」
「うん、ありがとう」
その優しさに心が温かくなる。この世界に転生してからというもの、人の優しさをこんなにも身近に感じたことはない。とても尊い感情に自然と顔が綻んだ。
女の子が体を離すと、私はレイの背に飛び乗った。そして、女の子たちに手を振る。
「じゃあ、またね!」
「ルナ! 元気でね! 気を付けて行ってくるんだよ!」
女の子の声を背に受けて、レイは走り出した。木々を飛び越え、平原へと足を踏み入れた。
「それにしても、ルナにやりたいことがあるなんて意外だな。どんなことをしたいんだ?」
その時、レイが不思議そうに尋ねてきた。私の言った言葉が気になったようだ。
「うん。……レイ、私ね、分かったの」
風を切りながら走るレイの背の上で、私は胸の前で手を握りしめた。胸の奥から熱いものが溢れてくる。
「人にありがとうって言われるの、あんなに嬉しいことだったんだね。お母さんが笑ってくれて、あの子が泣きながら喜んでくれて……あの時、心がすごく温かくなったの。体の奥がじんわり光るみたいに」
言葉にしていくうちに、胸の奥が高鳴っていく。
「だからね、もっと見たいの。あんな顔を、もっとたくさんの人にさせたいの。私の力で、困ってる人を助けて、笑顔にしたい。魔力でも、薬でも、なんでもいい。私の出来ることで、たくさんのありがとうを集めたいの」
レイがちらりと横目で私を見る。その目は、優しくも少し呆れたようでもあった。
「ふっ、ルナらしいな。でも、それだけのために旅を続けるのか?」
「ううん、それだけじゃない!」
私は拳を握りしめて、風を浴びながら胸を張った。
「私は――この力で、無双する!」
レイが「無双?」と首を傾げる。
「ありがとうって言葉が欲しいからじゃない。あの時の笑顔が……あの瞬間が、すごく尊くて……。それを、もう一度見たくて、何度でも見たくて!」
風に揺れる髪を押さえながら、私は叫ぶように続けた。
「この世界に生まれた意味を見つけたいの。どうせ転生したんだもん。だったら、最高に楽しく、最高に輝ける生き方をしたい!」
レイはしばらく無言で私を見ていたが、やがてくすりと笑った。
「なるほど。お前のやりたいことってやつ、悪くないな。……なら、私も付き合うさ。お前の無双劇にな」
「ほんと!?」
「ああ。お前の翼になってやるよ、ルナ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとう、レイ! 一緒に行こう! この世界のありがとうを全部見つけに!」
私は両手を広げ、青空に向かって笑った。レイの力強い走りが、未来へと続く風を起こす。
私の新たな旅が、ここから始まった。
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