狐火の贈り物 ―氷原から来た黙示録―
彼辞(ひじ)
第1話 氷原に沈む闇
大地は氷に閉ざされ、果てしない夜が続いていた。
北の川は石のように凍りつき、針葉樹の森は雪の重みに軋んでいた。風は鋭い刃のように肌を裂き、人々の頬を赤黒く染める。
その時代のサハの村は、わずかな獣の肉と干し魚で命を繋いでいた。だが火がないため、獲物は凍ったまま、骨を砕いても喉を通らない。寒さに震える子どもたちの息は白く凍りつき、老いた者は眠るように息絶えていった。
「神々はなぜ我らを見捨てるのか……」
長老の声は、薪のない闇の中でかすれた。答える者はいない。沈黙は凍りつき、雪よりも重くのしかかっていた。
その夜、村の外れ。
雪を踏みしめる足音とともに、一匹の狐が現れた。白と赤の混じった毛皮は、月明かりに青く光り、瞳は金の炎のように輝いていた。
「火を望むのなら、私が盗んできてやろう」
人々は息を呑んだ。狐の背後には、炎の幻影のような尾が幾筋も揺れ、氷原の暗闇を朱に染めた。
狐はひと声も発せず、雪嵐の中を駆けていった。
向かう先は黒々とした山脈、その奥深くに口を開ける「黒風の谷」。
そこは死者の魂が吹き荒び、神々が火を隠した禁断の地であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます