狐火の贈り物 ―氷原から来た黙示録―

彼辞(ひじ)

第1話 氷原に沈む闇

大地は氷に閉ざされ、果てしない夜が続いていた。

北の川は石のように凍りつき、針葉樹の森は雪の重みに軋んでいた。風は鋭い刃のように肌を裂き、人々の頬を赤黒く染める。


その時代のサハの村は、わずかな獣の肉と干し魚で命を繋いでいた。だが火がないため、獲物は凍ったまま、骨を砕いても喉を通らない。寒さに震える子どもたちの息は白く凍りつき、老いた者は眠るように息絶えていった。


「神々はなぜ我らを見捨てるのか……」

長老の声は、薪のない闇の中でかすれた。答える者はいない。沈黙は凍りつき、雪よりも重くのしかかっていた。


その夜、村の外れ。

雪を踏みしめる足音とともに、一匹の狐が現れた。白と赤の混じった毛皮は、月明かりに青く光り、瞳は金の炎のように輝いていた。


「火を望むのなら、私が盗んできてやろう」

人々は息を呑んだ。狐の背後には、炎の幻影のような尾が幾筋も揺れ、氷原の暗闇を朱に染めた。


狐はひと声も発せず、雪嵐の中を駆けていった。

向かう先は黒々とした山脈、その奥深くに口を開ける「黒風の谷」。

そこは死者の魂が吹き荒び、神々が火を隠した禁断の地であった。

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