ー1章ー 12話 「小さな一歩、世界への始まり」

不穏な話を聞いてから数日が経った朝。

相変わらず牛とニワトリは元気にしているようだが、元気なのは家の外だけではない。


小屋から家に変わった事もあり、安心して生活できる環境になった。


構造からして僕らが過ごしている部屋はリビング。

相変わらず殺風景な部屋ではあるが、以前のようなすきま風もないし、床が抜ける事もない。


それ故にだ!


ほぼ同時期にハイハイを取得した三人が、縦横無尽に猛スピードで部屋を駆け回っているのだ。

お陰で床はピカピカに磨かれているのだが、これでは歩行訓練ができない。


完全に侮っていた……彼らのポテンシャルを。


まかり間違っても三人は剣聖の血筋を受け継いだ孫。

体力面だけ見ても動けるようになれば、こうなる事は予測できたはず。

そうなる前にある程度歩行訓練を進めておくべきだった。


これは完全に僕の計算ミスだ。


しかしここで諦める訳にはいかない。

人間として歩けるという最終段階まできているのだから。


みんなはじきに体力切れで睡魔に襲われるだろう。

その時を見計らって訓練を実施するんだ!


当初の予定では、成長の足並みを揃えようと考えていだが、もうその必要はなくなった。


オルセアにつかまり立ちをしながら話せる事がバレたのもあるが、これだけの勢いでハイハイしているのだ。

彼らもつかまり立ちをする日はそう遠くはないだろう。


それに先んじて僕が歩けるようになった所で、オルセアは喜びこそすれ、驚きはしないはず。

ならば、もう何も遠慮をする事はないということだ。


僕は三人が寝静まった後、壁の角を掴みながらつかまり立ちをした。


さて、ここからが問題だ。

現世では何も考えずとも、普通に歩いていた。


だが、転生してからは初の試みになる。

失敗を恐れている訳ではないが、少々勇気がいる。


一歩目は少しだけ元の位置から滑らせるように動かせた。

歩行補助みたいな物があれば楽なんだろうな。


いや、弱気な事を考えてはダメだ!

僕は窓枠の出っ張りを指で掴みながら次の足を動かす。


ゆっくり……ゆっくりだ!


すると、何とか前に進む事ができた。


やった……遂にやったぞ!


それは、歩いたと言えるのか分からない程の小さな一歩だった。

だが、これは間違いなく人間としての一歩を踏み出した瞬間に他ならない。


実に感動的だ。

この経験を踏まえ、日々努力を積み重ねれば、もう自由を手に入れたも同然じゃないか!


オルセアは外で畑仕事をしている。

僕が歩けた瞬間に立ち会う事はなかった。

本来ならばこの感動を共有したい所だが、今ではないと思った。


何故なら、完成度を上げてから披露して、ビックリさせたいからだ!


……喜んでくれるといいな。


こうして僕は、赤ちゃんという実に不自由で無力な存在だった時代を必死に生き抜き、幼少期を迎える事になる。


これは僕がこの世界を変える前の、小さな物語。


僕の世界は、これから少しずつ広がっていくのだ!

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