ー1章ー 2話 「孫が四人になった日」
初対面の強面の男――明らかに戦専門の人の顔面に、おしっこをかけてしまった…。
ただでさえ身動きがままならないのに、この失態……どう考えてもタダでは済まない。
不可抗力だったなんて弁明は聞き入れてくれないだろう。
仕方なかったんです…だって、赤ちゃんなんだもん……って、
……そうだ、赤ちゃんだったんだ!
一縷の望みを胸に、恐る恐る男の顔を見てみる。
「初対面にしては中々大胆な挨拶じゃないか」
ダメだ…やはり顔が引きつっている。
これはもう、死を覚悟するしかない。
なに、一度死んでいるんだ。
ひょっとしたらもう一度転生させてくれるかもしれないじゃないか!
僕は何の根拠もなく、この現状を楽観的に……でも本心では悲観的に捉えていた。
すると男は僕を高い高いして、
「元気があって何よりだ! お前は今日から俺の孫だ!」
なんて朗らかな人なんだ。
まるでお日様のような暖かさを、その笑顔に感じた。
見ず知らずの僕を、失礼極まりないことをしたのに受け入れてくれた。
きっとこの人が守ってくれるんだ!
何の確証もないけど、そう思った。
その男は僕が入っている籠と、三人の赤ちゃんを抱き抱え歩き出した。
聖人というのはきっと、こういう人のことを言うのだろう。
さっきまで怖いと思っていた顔は、気高く、何処までも真っ直ぐな信念を感じさせる優しい笑顔だった。
男は森の中にあった一軒の小屋に辿り着いた。
想定はしていたが、どうやらここで一晩を過ごすらしい。
野宿よりは断然マシだ。
しかし、見るからに馬小屋といった建物……雨露を凌げるなら贅沢は言えない。
季節柄、暖を取るような気候ではなかったが、男は僕を含む赤ちゃんを藁の上に寝かせ、持っていた毛布を掛けてくれた。
「悪いな。明日はもう少しマシな寝床にしてやるから、我慢してくれな」
優しい声色で僕たちに話しかける。
きっとこの人も、ここへ来るのは初めてなんだろう。
寝るのが仕事と呼ばれる赤ちゃんの僕は、毛布の暖かさに勝てず、いつの間にか眠りについていた。
――翌朝。
「モー」という声が外から聞こえる。
それに気がついたのか、周りの赤ちゃんたちが一斉に泣き出した。
僕は牛だと分かったので平気だったが、普通なら驚くだろう。
しかし、なぜ牛?
理由はなんとなく分かった。
男である彼は乳を与えようと思ったのだろう。
……で、牛?
安直ではあるが、まぁ間違ってはいないのかもしれない。
僕も子育ての経験はないから答えなんて分からない。
しかし、どこからその牛を?
モーモーと鳴く牛から乳を搾っているのは容易に想像できた。
暫くすると、汗だくの男がミルクを持って現れた。
「待たせたな! 牛の乳で悪いが、栄養はあるはずだ」
彼なりに必死で考えた策なのだろう。
しかし意外にも、みんな普通に飲んだようだ。
僕は飲み慣れているから平気だったけど。
飲み終えたみんなは直ぐに寝た。
僕は起きていたけど、男が不安がるので寝たふりをした……つもりが、赤ちゃん仕様なので眠りに落ちた。
こんなに安心して眠るのはいつ以来だろう。
目覚めた時に、この安堵感が続いていると良いな。
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