赤ちゃん時代編 ー1章ー 1話 「赤ちゃん転生、最初の敵は……尿意だった」

鳥の囀りと柔らかな木漏れ日が僕を照らしている。

ゆっくり目を開けると、青い空と大きく伸びた木の葉が視界を埋めつくした。


どうやら本当に異世界へ転生したらしい。

あの不思議な空間での出来事や、現代に居た頃の記憶は、女性の声が言っていた様にしっかりと残っている。


僕を守ってくれる人の元へ送ると言っていたが、どうやら今は一人のようだ。


立ち上がり、周囲を確認しようとした――が、なぜか体が動かない。

理由は分からないが、思うように起き上がることが出来なかった。


転生した時の反動か何かだろうか。

考えたところで答えが出る訳もなく、仕方がないので声を出してみる。


「あ……あぁ~ぁ……」


声は出る。

しかし、言葉にすることが出来ない。


何度も試してみたが、一向に言葉として口から発せられない。

一体どうなっているんだ?


僕は必死に頭や手足を動かし、自分の状態を確かめる。


……すると、赤ちゃんになっていた!


転生ってそこからなのかっ!?


思わず口にしようとしたが、やっぱり「あ~あ~」しか言えない。


服も着ていないし、籠の中だし。

これは「守ってくれる人の発見待ち」という事らしい。


異世界ということだし、魔物とかが襲って来なければいいが……。


自分にやれる事が何一つないと悟った僕は、女性の声が言っていた錬成という力を試してみることにした。


どう使うのかは分からないが、せめて服くらいは着ておきたい。

赤ちゃんではあるが記憶は大人のまま。

裸というのは正直恥ずかしい。


自分のサイズ感を頭に思い浮かべ、それっぽい服を想像してみる。


……オムツは必要だよね。


身動きが取れない以上、必須アイテムだ。

何となく出来そうな予感はした――が、次の瞬間。


『現在の年齢では、想像錬成は使用できません』


頭の中に響く、まるでAIのような声。


……年齢制限!?


僕は「あ~あ~」言いながら思わず突っ込んだ。

なんという事だ。

固有スキルとも言える錬成が、まさか年齢制限付きとは。


……もう完全にやる事がなくなった。

出来ることといえば、守ってくれる人を待ちながら、鳥の囀りを聴き、青い空と木の葉っぱが風で揺れるのを眺めるくらいだ。


すると、体に異変が起こる。


……おしっこ。


まずい…漏れてしまう。

赤ちゃんであれば仕方がない事ではあるが、記憶のある自分には、それを許す訳にはいかないという羞恥心があった。


だがどうにもならない…限界が迫る。


そんな時、人の足音が近づいてきた。

落ち葉を踏みしめる音、小枝の折れる音から、一人であることが分かる。


二足歩行の魔物という可能性もあるが、今は人である事を信じるしかない。

とにかく一刻も早く、救いの手が欲しかった。


祈りと我慢の末、僕を覗き込んだのは――。


三人の赤ちゃんを抱いた、中年の男だった。

見た目からして、戦いを生業にしているのは素人の僕でも分かる。


鋭い眼光、腕に刻まれた傷、腰にぶら下げた剣。


「なぜこんな森の奥に赤ん坊が……?」


男は三人の赤ん坊を草むらに寝かせ、僕を抱き抱えた。

…近づく顔。

現代でもこんな恐怖を感じる顔は見たことがない。


……うぅ…怖い。


そう思った瞬間、僕の尿意は限界を突破し――男の顔に容赦なく放出された。


転生後、間もないが……死んだかもしれない。

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