第八話 酔曜日の過ごし方~初めての休日~

 それから数日が経った。


 毎日のランニングは非常にキツかったが、人間というのはこうした地獄にも不思議と適応する生き物らしく、ぼくはすでに吐くことはなくなっていた。来週からは10キラメトルを走らされるようだから、どうなるかはわからないが。


 気づけば曜日は月、花、風、鳥と過ぎていって、今日は酔曜日だ。


 魔導師のギルドはいわゆるホワイトな環境であるらしく、酔曜日、舞曜日、空曜日の3日間は休日になっている。週休3日制だ。ランニングさえなければ、現実の学校より楽とすら言えるかもしれない。


 といっても、アンリエッタの話では、この休日をどう過ごすかで、将来的には結構な差がついてくるという。「わたしは休日遊び呆けていたが、期末テストで絶望したからな!」と偉そうに言っていた。まあこのあたりは現実の学校と似たりよったりということだろう。


 アンリエッタの話で参考になったのは、すでに迷宮に潜る自由がぼくたちには与えられているということだった。


「自分に自信がある命知らずは、もうナナフミくらいの段階でとりあえず迷宮に潜りに行っちまってるな。まあ初心者向けの階層で死ぬことは相当珍しい。せいぜい大怪我するくらいで済む。そのせいで強くなるのが遅れたら元も子もないけどな!」


「なるほど」


 ぼくみたいなタイプの人間は、普通だったらきっと、この段階で迷宮に行こうなんて到底思わないだろう。


 だが、こういうときぼくの脳裏によぎるのは、いつだってスバルちゃんの天使すぎる横顔だ。いまだに思い出すだけで可愛すぎて意識がぼうっとしてしまうくらいスバルちゃんは可愛い。異世界でもスバルちゃんレベルで可愛い少女は未だ一人も見たことがない。

 正直スバルちゃんという心の支えがなかったらランニングを耐えることすら出来なかっただろう。中身の方はまったく未だに理解できない謎多き存在、本人も言っている通りのモンスターっぷりだが、そういうところも含め、ぼくという人間全体が無性に惹かれてしまう、なによりも恋しい少女であることに疑いは一切ない。


 スバルちゃんという人間は、スペックだけで見ても化け物の類だ。


 あの精神力、知性の高さは間違いなく常人のそれではなく、また体育でもクラスの女子では一番運動神経がいいんじゃないかというくらい成績が良かったことをぼくは知っている。バレーボールの授業で、彼女は鮮やかなジャンプサーブを相手の陣地にすごい速度で落としていた。ぼくはその時、揺れる彼女の豊かな胸や、さらさらの髪、超然とした可憐さを放つ猫のような瞳ばかりに視線が行ってしまっていたが、女子たちですらその光景には唖然としていた。家庭科の授業でも同級生がおもちゃみたいな手袋を作っていた中、一人だけ高度な美しさを誇るマフラーを完成させていたし、思い出せば思い出すほど、ぼくなんかが釣り合う要素は一ミリも存在しない少女だ。


 そういうことを考えるとき、ぼくはここでのんきに休日休んでいて、果たして彼女の進んでいく道についていくことができるのか、と考えてしまう。


 才能についても、ぼくはスバルちゃんの画面を見た訳では無いが、スバルちゃんの言葉を信じるなら、彼女は複数のLv3の才能を持っていた。


「ねぇアンリエッタ、Lv3の才能ってどれくらいすごいの?」


「そうか、異世界人も自分の才能は見ているんだな。Lv3はすごいぞ。ある才能のLv1を持っている人が1万人いたとしたら、Lv2を持っている人は100人、Lv3を持っている人はわずか1人だと言われているんだ」


「へ、へぇ……」


「ちなみにわたしは、意思力Lv2というLv2の才能を持っているんだ! これがなかなか魔法でも重要な才能で、重宝していてな! わたしの自慢なんだ!」


「な、なるほど」


 自分がLv3の才能を持っていて、しかもその内容が「焦がれる恋Lv3」なるものであることは、まったくもって言う事は不可能そうだった。


「期末テストでも役立つ才能だったらもっと良かったんだけどな……」


 アンリエッタはそんな呟きを漏らし、はぁっとため息を漏らす。


 まあ、このアンリエッタのように、期末テストごときで慌てているようでは、スバルちゃんという規格外の才能が異世界で至っていく景色についていくことなど到底出来ないだろう。


 ところでこのときのぼくには、一つ見逃していることがあった。


 スバルちゃんの言葉が真実で、スバルちゃんが超人Lv3、聖女Lv3、天使Lv3なるすさまじい才能を持っていたとしたら……


 なぜあの広間で聞こえてきた声の男は、それに言及しなかったのだろう?


 あの氷川美里には、声は「素晴らしい才能」だと褒めていた。


 氷川がスバルちゃんより素晴らしい才能を持っていることは、氷川には失礼だが考えづらい。


 つまり、氷川を遥かに超えているであろう才能に対し、褒め言葉がまったく無かった理由がなにかあるはずなのだ。


 だが、スバルちゃんへの激しい恋心に思い悩むこのときのぼくは、その謎に気づかないまま、初めての休日をどのように過ごすか、うんうんと考えていたのだった――

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