閉じこもるお母さん
朝。
ぼくは受験勉強の時にも経験したことがない、身体の重さ・頭の空回りっぷりを抱えたまま、身体を起こした。
部屋の中の鏡に自分の姿が映ったが、その時の目は泣き腫らしたように真っ赤で、それはまるでぼくがぼくではないかのような恐怖が漂っていた。
「お母さん...」
コンコン、とぼくはお母さんの寝室を軽くノックした。
「寝てるのかな...」
もう少し強くノックした。
しかし出てくることはなかった。
ドアノブのレバーを下げて引くと、あっさりとドアは開いた。鍵を閉め忘れたのだろうか。
「そういえば、お母さんの寝顔を見るのって、初めてだな...」
この時、ぼくの目は真っ赤だった上、頭もまとも働いていなかったことから、どんな風に見えたのかは、はっきりとは思い出せない。
ただ、辛そうな顔だった。
それだけは、覚えている。
食欲も、簡単な料理を作るほどの気力もないまま、ぼくは自室に戻るとそのまま布団に横になり、気絶するように寝落ちした。
次に目覚めた時は、空は赤みを帯びていた。昼を通り越して、夕方に入っていたのだ。
「そんなに寝ていたのか...こんなの初めてだ」
ぼくは、窓の外の景色を見ながら呟いた。
いつもほどではないが、朝に目覚めた時の身体の重さ・頭の重さはだいぶ軽くなっていた。しかし夕方の起床がこんなに憂鬱だったとは、今まで知らなかった。
部屋を出て、リビングに行ったが、お母さんの姿はなかった。まだ起きていないのか...?
ぼくはお母さんの寝室に行き、部屋をノックした。しかし返事はない。
「お母さん...」
呼びかけても、相変わらずだ。
「昨日ぼくが言ったことは、間違っているとは思っていない。でも...だからこそ泣かせてしまったと思う。ごめん」
謝っても、返事はない。
「お母さん、起きてから何も食べてないと思うから...何か簡単なものでも作るね」
そう言うと、リビングのキッチンにある冷蔵庫を漁り、コンソメの素と野菜をいくつか取り出してスープとサラダを作り、皿に盛り付けた。
「スープとサラダ作ったから、一緒に食べよう」
ぼくはまたお母さんの部屋に行ってそう言ったが、出てくることはなかったし返事もない。
「お母さん、聞こえてる?」
ぼくは返事がないことに苛立ちを募らせていた。さっきから相変わらずだ。
「いるんでしょう?返事し」
「さっきから聞こえてるわ!」
今のは、確かにお母さんの声だった。しかし今までこんな悲痛な声は聞いたことがなく、心臓を突き刺されたような感覚を伴った。
「ねえ、それなら一緒に」
「一人にして!」
「出来るわけないじゃないか、朝から何も食べてないだろうに」
「放っておいて!」
返ってきたお母さんの声は、どれも痛みを伴うようなものだった。心の悲鳴にも思えるほどに。だからこそ一人にはしたくなかった。しかしこれ以上踏み込めば、ぼくは彼女の傷を抉るどころか、ぼく自身も引きずり込まれるかもしれない。
そう思って、ぼくは引き下がった。
「スープとサラダ、お母さんの分も、作っておいたから。絶対に食べてね」
リビングに戻ると、ぼくの分を食べた。しかしスープは冷めきっていて、サラダはドレッシングの味こそすれ、野菜自体は砂を噛んでいるかのような感覚しか伴わなかった。
(こんなに物静かで寂しい雰囲気の家は初めてだ...)
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