第28話 時間停止時計(5秒だけ時間を止められます)



27日目。


 今日も依頼を複数こなしていく。

 冒険者達の噂によると、昨日襲い掛かってきた巨大なカマキリは無事に倒されたらしい。無論、奴一体だけでは無いのかもしれないが、それでも脅威が一つ減ったという事実に安堵する。


 後、音もなく魔物の背後に忍び寄り、大きな口を開けて魔物を食い殺すという、不可思議な魔物が出現しているという噂も聞いた。


(あ、ヤバッ。そう言えば、鉄の処女を元に戻すの忘れてた)


 慌てて倉庫に戻しておいた。


 今日のガチャ!


「良いの、来てくれ!」


 果たして結果は。



・寄生虫


 対処に寄生する事によって、宿主の体を乗っ取る。

 本体は雑魚だが、体を乗っ取った際に対象の身体能力を数倍に跳ね上げ、尚且つ潜在能力を開花させるという能力を持つ。

 知能はなく、本能の赴くままに行動する。



 現れるのは、試験管。

 蓋で閉じられており、中には針金ほどの細さをした、小さな虫が入っている。

 恐らくは、コレが寄生虫。


 無害そうな見た目をしているが、その性能は凶悪の一言に尽きる。

 倉庫で保管しておいた方が良い。


「ご主人様? 今日は一体、何を当てたの?」


 依頼を終えて、帰って来たメイドル。

 近づき、徹の手に持っている試験管を見ようとする。床の窪みに足を取られ、思いっきりこける。

 徹も巻き添えを食らい、寄生虫の入った試験管が宙を舞う。


「まっ、ずい……!」


 試験管が割れてしまえば大惨事。

 寸での所で、徹はキャッチ。

 何とか惨事は免れた。


「大丈夫? ご主人様。ごめん。こけた」


 一見すると、何も考えていない無表情だが、目を見ると申し訳なさそうにしている風に感じられた。


「うん。次からは気を付けてくれよ。マジで」


「分かった。もしも次、ご主人様に迷惑をかけてしまったら、私の足を折るか、切っても良いよ」


「……いや、それは遠慮しておくわ」

 メイドルの目は笑っていない。

 本気だった。


28日目。


 今日も依頼を複数こなす。

 依頼のみの報酬だと、やや生活は苦しい。

 魔石も換金すると、そこそこ金になる。


 危険度の低い首狩り兎の魔石であっても、良い小遣い稼ぎとなる。

 首狩り兎よりも強い魔物の魔石であれば、更に高値で買い取ってくれるだろう。

 そう思い、依頼をこなすついでにそこそこ強い魔物を倒すつもりだった。


 結論から言うと負けた。

 徹の扱う武器は主に拳銃。イーナはSFチックな小銃。『梟』は狙撃銃。

 敗因はバランスの悪さ。

 前衛キャラの大切さを思い知った。



 今日のガチャ!


「前回は散々な結果だったからな。今度こそは良いのこい!」


 早速ガチャを引く。



・冒涜的な触手


 見た者の精神を削る、恐ろしい触手。

 SAN値チェック、1or1d3。



 現れたのは、タコを彷彿とさせる一本の触手。

 しかし、その見た目は悍ましく、削れてはいけない何かが削れていくのを感じた。


「ご主人様? 今日は一体、どんな物が」


「あっ、見ない方が……」


 姿を現すのはシス。

 うっかり冒涜的な触手を視界に入れる。


 その瞬間、彼女の赤色の瞳から光が失われ、その場に立ち尽くす。意識は失っていない。何故なら、小さい声で何かを呟いているのだから。

 次第に声は大きくなっていく。


「……私が、私が悪かったんだ。……私が、あんな事さえしなければ。あんな事さえしなければ、皆は今も笑っていた筈なのに」


「シ、シスさん? だ、大丈夫か?」


 悲壮感漂う声音。

 まるで、自分の親しい友人や、家族が死んでしまったかのようだった。

 徹は声をかけるが、声は届かない。


「私がしっかりしないといけなかったのに! 私が、もっとちゃんとしていれば! そうすれば、お父さんとお母さんは大魔帝ダークネスゴーアにならずに済んだのに! 世界の支配者達と、じゃんけん10本勝負で戦うなんて無謀な事をせずに済んだのに!」


「なんだ!? お前は一体、何を言ってるんだ!? と言うか、名前は結構物騒なのに、じゃんけん十回勝負ってなんだよ! もう少し、マシなやり方があっただろ!」


 内容は次第に不穏になっていき、ツッコミどころ満載となった。

 思わず徹がツッコミを入れるがシスは正気に戻らない。

 なんか、段々と面倒になってきた。


「いい加減、正気に戻れ!」


 精神分析(物理)。

 チョップをシスの頭部に見舞う。


「……はっ! 私は一体、何を!?」


「無事に戻ってきてなによりだ。お前はコレを見ない方が良い」


 果たしてその正体がなんなのか。皆目見当もつかないが、ヤバイことだけは分かった。

 ハズレだ。

 これもまた、倉庫に保管されるのだった。


29日目。


 今日は休日だ。

 依頼を複数受けるのは思っているよりもキツイ。

 1つ1つは簡単だが、疲労というものは蓄積されていく。


 だからこそ、定期的に休日を設けようという話になった。

 間隔としてはやや短すぎる気がしなくもないが、何かあってからでは遅い。

 本日は全員、冒険者ギルドには向かわず思い思いの時間を過ごしている。

 かくいう徹もそうだ。


「……おいおい。マジかよ。まさか、こんな素晴らしい物を引き当てるなんて! 今日は俺にとって、最高の一日になるって前触れなのか!?」


 徹の手に握られているのは懐中時計。

 ログインボーナスで引いた際、引き当てたアイテム。

 一見するとただの時計。

 しかし、その性能は破格といっても良い。



・時間停止時計


 5秒、時間を止められる。

 たった5秒。されど、5秒。

 5秒間に何をするのかは貴方次第。



 懐中時計型となっており、閉じている蓋を開くスイッチが時間停止の合図となる。時計自体は長針も短針も秒針も絶えず周り続けている、奇妙な時計。

 停止できる時間はたったの5秒。


 短すぎると思う。

 しかし、時間を停止出来るという事自体が貴重だ。

 何故なら、世の男性にとって時間停止は一種の憧れなのだから。


「さて。この5秒を、一体どうやって有効活用する?」


 頭の中で考える様々な想定。

 駄目だ。時間を止められる時間は、たったの5秒。

 途中で相手に気付かれてしまう。


「……という事は、パンツを見る辺りか?」


 ズボンを履いてる相手は難しい。

 だが、スカートならどうだろうか?

 覗き込むだけ。

 5秒で済ませられる。


「よしっ! そうと決まれば、早速外に出るぞ! ヒャッハァー!」


「ご主人様、なに奇声を発してるの? 今は昼頃だから、泊まってる人も少ないと思うけど周りに迷惑になるから止めておいた方が良いよ」


 呆れた視線を隠そうともせず、そう言うサード。

 手には紙袋が抱えられている。

 買い物が終わり、戻って来たのだろう。


 しかし、徹にとっては予期せぬ来訪者。ましてや、これからいやらしい事をするぜ! と気合いを入れていた直後。

 滅茶苦茶動じてしまった結果、手に握られていた時間停止時計が落ちてしまう。


「しまっ……!」


 咄嗟に手を伸ばすも、届かない。

 時計は床に落ちた。

 と同時に、世界が停止する。


 恐らくは偶然スイッチが入ってしまったのだろう。

 動けるのは徹ただ1人。

 世界は静止し、サードも動いていない。


 サードの服装は休日であってもメイド服。そして、メイド服という事はしっかりスカートを履いている。


「……一応、見ておくか」


 止まっているサードへと近づき、スカートの裾に手を伸ばす徹。ロングスカートなので、捲り上げて中を覗こうとする。

 ここで、5秒が経過した。


「なに、やってるの? ご主人、様?」


「あ、ヤバイ」


 5秒あれば、スカートの中身を捲る事が出来る。しかし、それはあくまでも理論上の話だ。スタートダッシュに失敗すれば、パンツを見る事はかなわない。

 それ所か、中途半端な所で時間が動き出してしまい、気まずい状況になるだろう。丁度、今のように。


 徹は時間を無駄にしてしまった。

 今回の敗因だ。

 言い訳を口にしようとすれば出来た。だが、徹は言い訳を口にしたりはしない。


「パンツを見ようとした! 因みにだけど、今日のパンツの色は何なのか聞いても良い?」


「正直者な所はご主人様の美徳だと思うけど、普通は謝罪する所でしょうが! ちゃんと、反省しろ!」


「たらばっ!?」


 サードのアッパーカットが見事に炸裂。

 徹は軽く吹き飛び、ベッドに倒れるのだった。

 余談だが、時間停止時計は一日一回しか使えない。

 なんとも評価に困ってしまう代物だった。

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