第27話 迷宮都市の領主
薄暗い室内。
豪奢な一室でありながら、漂う空気は不穏。
そんな中、赤色の瞳が爛々と輝いていた。さながら、獲物を見定める狩人のように。或いは、自分はここに、確かに存在しているのだと静かに主張するように。
「暗いですね。明かり、付けますよ」
「え? いやっ、ちょっ、待っ……!」
薄暗い室内にかこつけて、黒幕ごっこをして遊んでいたが、やってきた秘書が室内の明かりを付ける。
スイッチを入れると同時に、室内は明るさを取り戻す。
同時に、不穏な空気も霧散した。
「ちょっと! 一体全体、なんて事をするのよ! 折角、今日は良い夜だから、影の支配者ごっこしてたのに! 貴方、空気ってものが読めない訳!?」
執務室の椅子に座ったまま、駄々をこねる子供のように両腕と両足を振る。
しかし、秘書は動じたりしない。
「知りませんよ。大体、貴方はこの迷宮都市ラビリスを収めている領主様なんですから、影かどうかは兎も角として、支配者であるのは事実でしょう?」
「領主とか何とか言われてるけど、その実態はある種の雑用みたいなもんじゃない! 皆、領主様といえば贅沢な暮らしに、充実した日々、とか思ってるけど、実際そんな事はないから! 現在、進行形で!」
思い出すと腹が立つのか、仕事用に使っている机を思い切り叩く。
「そうですか。ご苦労様です」
「軽すぎるだろ! もっと私を労われ! というか、ご苦労様っていうのは目上の人が使う言葉だからね! お前、私に雇われてる秘書だろうが! もっとへりくだれ!」
領主からの抗議に耳を貸す様子のない秘書。
持って来た資料を、一枚一枚捲って内容の確認を行う。
「あー、本当。最近は忙しいったらありゃしないわ。少し前までは多少余裕があったのに。やっぱり、迷宮なんて抱えてない方が良いのよ! あー、誰か迷宮を破壊してくれないかしら? 都市の収入源は減るかもしれないけど、私の心労は大幅に削減されるし。何なら、迷宮を踏破した暁にはこの領主の椅子を与えてあげても良いくらいだし」
「だったら、領主が踏破すれば良いのでは? 後、話は変わりますが、監視対象に気付かれてしまった可能性が高いです」
「無理。自分の収めている土地を、自分で壊すなんて領主にあるまじき……って、ちょっと待った。お前、今、なんつった?」
鮮やかすぎる話題転換に、一瞬理解が追い付かなかったのか、再度聞き返す領主。
秘書は眼鏡のズレを直しつつ、鼻で笑う。
「お前、マジで解雇にしてやろうか? 正規の領主だったら、その場で首を刎ねたとしてもおかしくない蛮行だぞ」
「私は勿論、領主がそんな事をしないと信じているからこそ、こうやって馬鹿にするような態度を取っているんです」
「それを改めろって、言ってんの! 全く、こんな小生意気な奴だけど、仕事は優秀過ぎるから困るのよね。……それで、気付かれたの? 監視に?」
「恐らくは、という曖昧な表現にはなりますが」
領主の脳裏を過るのは、数日前に発生したとある事件。
迷宮内に、突如として出現した凶悪な魔物。
討伐体が組まれたものの、全て全滅。
止むを得ず、暫くの間は迷宮を封鎖するという処置が取られていたものの、最近になって迷宮内で再び異常が発生した。
迷宮を全面的に封鎖していたにも関わらず、迷宮からの帰還者が現れた。迷宮に入る際、記録が取られているが、件の帰還者に関する情報は無い。
一時的に拘束。
後日詳しい取り調べを行おうとしたが……。
「限りなく黒に近い白なのよねぇ。おまけに、監視にまで気付いたの? 一流とまではいかないけど、全員かなりの腕利きなのだけれど」
「留置場にいる職員、警備員が全員口を固く閉ざしている時点で、本格的に動いておけば良かったのでは? 一応目立った動きは……まあ、滅茶苦茶しておりますので、何か起こったとしてもおかしくないですし」
ちゃんと取り調べが行われていれば、領主もここまで頭を悩ます必要はなかった。
問題なのは、誰も彼もが口を閉ざしているという点。
全員が全員顔を真っ青にして、首が千切れんばかりに横に振って、事情聴取を拒んでいる。何が起こったのか分からないが、ヤバイ事が行われたことだけは確かだ。
秘書の言っている事は正論だ。
しかし、領主にも譲れないポリシーが存在している。
「貴方の言っている事は正しい。……けど、決定的な証拠が無いの。具体的に言うなら、彼らが黒だという確たる証拠。しかも、もしも彼らが黒だった場合は、そうなった原因まで暴かないといけない。何も分からない現状だと、ここら一帯を全て焦土と化す力を持っていたとしても、全然不思議じゃ無いのよね。複数人いる時点で、慎重に動かないとヤバイ」
「ままなりませんね。が、領主様の懸念はやや考え過ぎにも思えます」
「既に1人、それよりも強力な力を持った『来訪者』が現れてるのよ? 2人目が現れたって不思議じゃないわ」
――来訪者。
ソレは、徹を始めとする異なる世界からこの世界へとやって来た者達の総称だ。そして、領主と秘書の2人は徹の正体が『来訪者』であると睨んでいた。
警戒すべきは『来訪者』の持つスキル。
この世界にやってきた『来訪者』達は、全員例外なく強力な力を手に入れている。もしもその力を間違った事に使用すれば、齎される被害は計り知れない。
だからこそ、見極めなければいけないのだ。
善か。悪か。
この迷宮都市に利益を齎すか、破滅を齎すのか。
結局のところ、そこが重要だ。
「それで、監視についてどうするんですか? 向こうに勘付かれている以上、やっていても意味が無いと思われますが」
「……確かに。正直、監視に関してはバレても問題はない。バレたとしても、向こうの事情を把握する為の手段はあるし。でも、都市の外に出ちゃうとなー、分からなくなっちゃうし、念の為に監視は継続しておいた方が……」
「尚、監視の任についている方々から、領主に対して感謝のお便りが届いていますよ。キツイ、面倒くさい、給料を上げろ、我々を何だと思っている、領主のパンツ下さい、などといった内容になっております。良かったじゃないですか。皆から慕われているようで」
「色々とツッコミを入れたい事はあるけど、最後! 最後の奴、ちょっと呼んで来なさい! ソイツの面を拝んだ後、解雇するから!」
仮にも領主。自分の上司であるにも関わらず、パンツが欲しいというのはどういう了見なのか? 怒れば良いのか、呆れれば良いのか、反応に困ってしまう。
取り敢えず、解雇は確定だ。
「そこから先は個人の情報となる為、お断りさせて頂きます。それで、どうするんですか? 監視を継続するのか、否か。今もこうして、人件費は加算され続けているんですよ? 領主。ご決断を」
腕を組み、暫くの間うんうんと唸って考え込む領主。
閉じていた目が開く。
「よし。監視は中止にしましょう。都市内なら重要度は低いし、都市の外で監視を行うにしても、最近は強力な魔物も出現している訳だし。何かあってからでは、遅いもの」
「懸命な判断だと思われます。領主様。褒美として、私のお給金を上げて貰っても構いませんよ」
「寧ろ給料下げてやるわ。覚悟しなさい」
優秀ではあるものの、一々発言が癪にさわる秘書をキッと睨みつつ、領主は椅子の背もたれに体を預ける。
「しっかし、最近は面倒事が多いわね。迷宮に『来訪者』に、生息していない筈の魔物の出現。あー、マジで十分な睡眠時間が取れない」
偶然なのか。
はたまた、何かが変わろうとしているのか。
所詮、一介の領主である自分は知る由もない。
出来るのは、溜まっている仕事を処理する事だけ。
「そうですか。私は寝ます」と、薄情な事を言って立ち去ろうとする秘書の首の音を掴みつつ、領主は仕事に戻るのだった。
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