第21話 冒険者になろう!



24日目。


 徹がボタンを押した瞬間、気が付けば翌日の昼になっていた。

 その上、徹を始めとする全員が、留置場から解放された。

 これは一体どういう事なのか?


 徹の記憶は、昨日の夕方で止まっている。

 試しに、そこら辺の職員に事情を聞こうとしたのだが「わ、私は何も見ていませんし、聞いていません! だから、どうか! どうか……!」


 と、まるで家族でも人質に取られているような反応を見せた。

 記憶を失っている間に、果たして自分は何をしたのだろうか?

 確かめようにも、昨日のボタンはどこにも存在していない。


「ご主人様? 一体、何をしたんですか?」


 やや困惑した様子で、シスが聞いてくる。


「あの怯えよう、只事じゃ無かったと思うんだけど……本当に何をしたの?」


 サードも、若干引いた様子で聞く。

 癒しは、虚空を見つめているメイドルと、事情が分からずに首を傾げているイーナだけ。


「いや、俺にも何がなんだか。昨日の途中から、記憶が無いんだよ」


「……色々と言いたい事はありますが、お咎めなしな訳ですから、外に出ましょうか」


 職員ならず、留置場に常在しているのであろう警備員らしき人物からも、怯えの視線が向けられてしまう。

 何だ? 一体、何が起こった? 本当に何が起こったんだ?


 意識を取り戻した時には、全てが終わっていた。

 位の高そうな職員が、土下座を決めつつ涙ながらに「分かりました! 分かりましたから! あなた方を罪に問う様な事は致しませんから、本当に勘弁して下さい!」と泣き叫んでいた。


 なにそれ、知らん。怖い。

 そんなこんなで、徹達はお咎めなし。

 かなり悪い印象を持たれてしまったかもしれないが、無事に釈放されたのだから、気にしても仕方がないだろう。


 留置場から出ると、気持ちの良い日の光が徹達を出迎えてくれる。

 徹は背伸びをしつつ、日光を堪能する。


「さて。ご主人様。私たちは無事、こうやって解放された訳ですが、これからどうするつもりなんですか?」


 周囲をグルリと見回す。

 留置場の周囲にあるのは、ロンドンの街並みを彷彿とさせる、西洋造りの建物。尚、徹はロンドンを訪れた事はない。


 念願の外。

 おまけに、栄えている街に辿り着く事が出来た。

 今現在の徹達は、身元不明の不審人物。


 拘束が解かれたといっても、そのレッテルが無くなる訳ではない。

 こうなってしまった時のセオリ―は一つ。


「冒険者ギルドだ」


「冒険者ギルド、ですか?」


 聞き慣れない単語だったのか、シスは徹の言葉をそのまま返す。

 どうやら、シス達の居た世界にはそういったモノは存在していなかったらしい。メイドルやサードも似たような反応をする。


 よく分かっていないイーナは、街中を飛んでいる蝶々らしき虫を追いかけていた。

 可愛い。


「この街にあるかどうか分からないけど、身分を証明するならそこに行くのが一番手っ取り早いと思う。早速、探してみよう」


 徹達は留置所を後にするのだった。




 無かった時の事は考えていなかったし、無かったらこの先どうすれば良いのか分からなかった為、頼むあってくれ! と内心で祈り続けていた。

 その甲斐もあって、それっぽい場所を見つける事が出来た。


「ここが冒険者ギルドですか」


 周りの建物と異なり、少々物々しい雰囲気を漂わせている。

 気後れしてしまいそうになるが、入らなければ何も始まらない。

 意を決して、徹達は中に足を踏み入れる。


 中は案外広い。

 日中にも関わらず、それなりの数の人が居た。全員、装備や武器を身に着けており、冒険者である事は一目瞭然。


 酒場も併設されている為か、酒を飲んだり、食事を取っている者もいた。

 多数の視線に晒される。

 当然だ。


 徹は兎も角として、3人のメイドに、1人の可愛らしい少女がやって来たのだ。興味を持たれるのは仕方がない。

 緊張で、若干動きがぎこちなくなってしまうが、冒険者ギルドのカウンターまで向かう。


 窓口は三つあり、それぞれ美人な受付嬢が座っている。

 そのうちの1つに向かい、声をかけた。


「あの、すみません。俺……というか、俺達は冒険者になりたいって思ってるんですが、冒険者になる事って可能なんですか?」


 徹の質問に対して、美人な受付嬢は丁寧に対応してくれる。


「はい。可能ですよ。1人あたり、登録料として2000ガレア必要になりますので、5人ですと合計で1万ガレアとなりますが」


 ――登録料。


 その言葉を聞いた瞬間、徹の頭の中は真っ白になった。

 いや、考えてみれば当然だった。

 冒険者だって、ギルドに所属しているのだから、登録料くらいは必要だ。


(だけどお金なんて持ってないぞ!? というか、ガレアってなんだよ! ガレアって、この世界の通貨なのか!?)


 通貨の名前に関してはこのさいどうでも良い。

 問題は、徹達が一文無しだという事。

 当然だ。


 異世界召喚された直後に、迷宮へと押しやられてしまい、今の今まで迷宮攻略に勤しんでいたのだから。

 何体もの魔物を倒して来た為、それらを素材として冒険者ギルドへ売ればお金は手に入るのかもしれないが、あの時は迷宮を脱出する事だけで手一杯だった。


 もっと先の事を考えていれば良かった、と後悔するも時すでに遅し。

 今更迷宮に戻る事は出来ない。


「えっと、すみません。ちょっと、持ち合わせがないので……」


 何とかしてお金を稼がないといけない。

 そうじゃ無ければ、身元不明の不審者のレッテルを剥がす事が出来ない。

 徹が受付嬢に対して、申し訳無さそうに返答する。


 その瞬間、ギルド内が爆笑の渦に巻き込まれる。

 好意的な笑いではない。


 徹達を嘲笑っている、嫌な笑い声。

 そのうちの1人。席に座り、酒を飲んでいたガタイの良い男が、此方を揶揄うような声音でこう叫ぶ。


「おいおい! お金も無いのに冒険者になろうとしたのかよ! 可哀そうだな! 俺の目の前で土下座する、って言うんだったら、お金を……」


「すみません! どうか、この哀れで愚かで素寒貧な私めにお慈悲を下さい!」


 男が言葉を言い切る前に、徹は土下座を決める。

 鮮やかすぎる土下座。

 まさか、本当に土下座をすると思っていなかったのか、男は目を丸くする。


「いや、早すぎるだろ!? お前、誇りとか無いのかよ!」


「金ないんだから仕方がないでしょう!? 今、私は土下座をしました! お金が欲しいんです! どうか、お願いします!」


 土下座の上級。土下寝を決めて、男にお願いをする。

 徹の必死な姿勢に、いつの間にか嘲笑は止んでいた。

 それどころか、何とも言えない眼差しを向けてくる。さながら、友達と悪ふざけの最中にガチの事故を起こしてしまい、楽しかった雰囲気に冷や水を浴びせられるような。


「……お、おう。いや、揶揄った俺も悪かった。本当に悪いな。……只、今は持ち合わせが余り無くてな」


 律義に財布を取り出し、中身を確認している男。

 そんな男に待ったをかけたのは、緑髪のメイド。


「ちょっと待った! 聞き捨てならないなぁ。よくも私達のご主人様を辱めてくれたね! 具体的に説明するなら、金がない、哀れ、愚か、素寒貧、彼女いない、モテなさそう、気持ちが悪い、ゴミ虫とか、心無い言葉で私達のご主人様を傷付けた!」


「いや、そんな事は言ってないんだが」


「それを言ったのはお前だろ! メイドォ! 何、お前、俺の事が嫌いなの? 彼女いなさそうとか、モテなさそうとか、気持ちが悪いって思ってたの!? 俺、普通に傷ついたんだけど! 泣いても良い?」


 言いながらも、既に目の端に涙を浮かべている徹。

 男は徹の背中を優しく叩いてくれる。突然、後ろから仲間に刺された徹に同情しているのだろう。

 優しい。


「という訳だから、私と勝負して! もしも私が勝ったら、ご主人様に先ほどの無礼を謝罪して、有り金を全部渡す。逆に、私が負けたら「喧嘩を売ってごめんなさい」って謝る」


「お前が負けた時のリスク少なすぎないか? というか、それが目的だったのかよ!」


 一文無しの現在、徹達が金を稼ぐ方法は限られている。

 その中でも一番手っ取り早いのは、持っている奴からぶん獲る。


 徹と冒険者の間でひと悶着あった為、これ幸いにとサードは出張って来たのだ。ある事ない事いって、身ぐるみを剥がす為に。

 普通に汚い。


「もう少し、何か追加しようぜ。例えば、セクシーポーズ決めたり、この人にお酌してあげたり、呼び方を「お兄ちゃん」に変えたり」


「絶対に嫌。それじゃあ、勝負だ!」


「いや、俺は受けるって決めてないんだが」


 勝手に話が進んでいき、困惑の声を漏らす男。

 しかし、誰の耳にも届かないのであった。

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