迷宮都市編

第20話 【絶対に】ボタン【押すな】

 


 ようやく迷宮からの脱出を果たした徹達一行。

 しかし、喜びも束の間。

 今度は大量の騎士に囲まれてしまい、拘束されてしまった。


 抵抗する事も出来た。

 だが、数が多い。

 おまけに向こうの強さも分からない。


 徹を除き、メイドル、シス、サード、イーナの4人は強い。しかし、彼女達よりも騎士達の方が強いかもしれない。

 懸念を取り除けない以上、徹達に出来る事は「降伏」の二文字だけだった。


「……はぁ。取り調べは明日から、って言われたけど、喜ぶべきなのか。悲しむべきなのか。……分かんねぇな、コレ」


 留置所へと追いやられ、簡素なベッドに腰を落ち着かせる徹。

 いくつか部屋に空きは存在しているものの、徹以外に人の姿はない。

 女性陣は全員、別の場所だ。

 周囲は薄暗い。まばらな数の電灯が、僅かに室内を明るくしてくれる。


(というか、この世界って電気とかが普及してるんだな)


 取り留めもない事を考えながら、徹はベッドに寝転ぶ。

 暇だ。

 拘束されたが、取り調べは明日から。


 罪状は、封鎖されていたにも関わらず迷宮へ足を踏み入れた事と、正規の手続きを踏まずに迷宮に踏み込んだ事の両方。

 前者に関しては問題ないが、後者に関しては大問題だ。


 なにせ、徹は約一月前に異世界に召喚されたばかりで、身分を証明する物など存在していない。おまけに、要らない子扱いされて、迷宮の奥底に捨てられてしまった身だ。

 事情を知れば同情されるかもしれないが、何も説明出来ない現時点においては「怪しい輩」以外の何者でもない。


(クソっ! もどかしい! ちゃんと事情を説明したら、納得してくれるかな? というか、暇だ。万が一の事態に備えて所持品を没収するってのは分かるけど、せめて携帯電話くらいは残しても良いじゃん! これから数時間、どうやって暇を潰せば良いんだよ!)


 時間は大体夕方。

 明日の朝一に尋問を開始するにしても、暇な時間が多すぎる。


「はぁ。俺の携帯電話、戻って来ないか……うん?」


 気付けば、手の中に固い感触が。

 自分の手に握られているソレを見て、徹は思わず驚愕する。


「は? 俺の……携帯電話!? どうして、ここに? だって、さっき取り上げられた筈じゃ……えぇ?」


 分からない。

 謎だ。

 しかし、1つの仮説が思い浮かぶ。


 徹のスキルは『ガチャ』だ。

 携帯電話にインストールされた、とあるアプリでガチャを引くと、引き当てたアイテムやユニットを入手する事が出来る。


 だが、ガチャを引く際には携帯電話の存在が必要不可欠。もしも携帯電話を紛失したり、奪われてしまえばガチャを引く事は出来ない。

 だからこそ、紛失したり、奪われたりしたとしても、徹の手元に呼び戻す事が出来る。ガチャを引く事が出来ない、という状況が起こったりしない為に。


「このスキルを手に入れてから結構時間が経つが、まさかそんな機能があったとは。余り紛失する事はないと思うが、普通に便利だな」


 よくよく考えると、この携帯電話自体も大概だ。

 一度も充電などしていないにも関わらず、今もまだ使う事が出来ている。その上、コンパスやカメラ、計算機といった電波を使用しないアプリも使う事が出来る。


「これも俺のスキルのお陰、って事なのかな?」


 ガチャに比べれば見劣りはする。

 だが、便利である事に変わりはない。

 徹は寝転んでいたベッドから立ち上がり、周囲を観察する。一応は犯罪者。逃げ出さないように見張りの目があるのかもしれないが、徹の周囲には誰もいない。


 携帯電話が使える。

 それはつまり、ガチャを引く事が出来るということだ。


「こんな状況で引くべきじゃない、っていうのは分かっているけど、やっぱり引きたいものは引きたいからな。仕方がない。うん。コレは仕方がない」


 気付かれないように細心の注意を払いつつ、徹はアプリを起動。

 まず最初は、ログインボーナスで一回ガチャを引く。


「さあ! 良いの、来い!」



 ・邪神の黒歴史ノート


 とある邪神が、信徒達に見つからないようにコツコツと書き記したノート。内容は、中二病であれば共感してしまいそうになる単語の数々。

 おまけに自作の小説まで載っており、その内容は痛々しいの一言に尽きる。

 共感性羞恥を刺激されてしまう一品。



 現れたのは一冊のノート。

 市販品とは違う。

 高級品っぽい見た目をしているのだが、マジックか何かでデカデカと書かれた「邪神のノート!」という文字のせいで、高級感が半減している。


「というか、邪神ってなんなんだよ、邪神って」


 説明文を読む限り、書いた人物が邪神である事以外は、ほぼほぼ中二病が書いたノートと変わりがない。

 読めばきっと、共感性羞恥を刺激される。


 中学生の頃、無駄に格好付けた結果、同級生の女子に鼻で笑われた苦い記憶が蘇ってしまうかもしれない。

 それでも、好奇心に負けてしまった。


 呼んだ結果、当然のように共感性羞恥に襲われた。

「ギャァァァァァッ!?」と、どこからともなく誰かの悲鳴が聞こえて来たが、きっと幻聴だろう。


 黒歴史ノートを倉庫へと収めた後「ミッション」を確認する。

 頻繁に確認しており、何も達成していない時の方が多いが、今回は果たして?


「お、1つ達成してるじゃん」



・魔王の幹部のペット、グラトニーデスワームを討伐しよう!



 今何か、嫌な文字が見えたかもしれない。

 いいや。きっと気のせいだ。

 徹の見間違いに決まっている。


 見なかった事にして、達成報酬を受け取る。

 報酬はガチャコイン10枚。


「よっし! これでまた10連引く事が出来る!」


 魔王幹部のペット、という単語からひたすら目を逸らしつつ、徹はガッツポーズを決める。

 ガチャコイン10枚は貴重だ。


 もしもの時の為に、取っておいた方が良いかもしれない。

 だが、今日の徹の運勢は絶好調……な気がする。

 だから10連を引く。


「良いのお願いします!」



・1人オーケストラ

・ナノマシン「スクラップ・β」

・【絶対に】ボタン【押すな】

・駄菓子の詰め合わせ

・爆音ラッパ

・暗殺者『梟』

・アンドロイド(自爆型)

・呪われた絵

・さつまいもテロリスト

・ドレッシング



 何とも判断に困るラインナップだ。


「……うん? もしかして、ユニットを1人当てた?」


 しかし、現れたのは9つのアイテム。

 本来であれば現れる筈のユニットが現れない。

 ガチャの不調か?

 徹が首を傾げる中、突然頭の中で声が響いて来る。


『初めまして。依頼主。私の名は『梟』。直接姿を見せず、申し訳ない。だが、私はとても臆病なんだ。どうか、許して欲しい』


「え!? 何だコレ!? 直接脳内に!?」


 初めての体験に思わず叫んでしまう。

 脳内に響き渡る声は、ボイスチェンジャーを使用しているのか酷く低く、女性なのか男性なのか判別する事は難しい。


『落ち着け。これは私の持つスキルの内の1つだ。「念話」と呼ばれるもので、対象と離れていても頭の中で会話する事が出来る』


「へーそれは便利だな」


 徹の目の前にはいないが、何処かには居るらしい。

 ガチャの不具合などではなくて、本当に良かった。


『それで、依頼主は私に何を依頼する? 見た所、依頼主は現在拘束されているようだが、その拘束を何とかすれば良いのか? 或いは、依頼主に敵対する全てを抹殺すれば良い? なんでも命令してくれていいぞ。私が得意とするのは遠距離からの狙撃だが、依頼主からの命令とあれば、必ず達成してみせようじゃないか』


「え? ……いや、今の所は、特に」


『へ?』


 話を聞く限り、凄腕の暗殺者といった感じではあるが、今の所して欲しい事は特にない。助けて貰った所で逃げる宛なんて存在していないし、そもそも敵対なんてしていない。経緯はどうあれ、悪いのは徹なのだから全てが終わるまでは大人しくするつもりだ。


「という訳だから、なにか用があればまた連絡するよ」


『……あ、はい。分かりました』


 心なしか、声のトーンが落ちていた『梟』。

 もしかすると、自分の実力を披露したかったのかもしれないが、それはまたの機会にして欲しい。


 ブツリ、と電話が切れるような音と共に『梟』の声は聞こえなくなった。

 申し訳ない気持ちはあるが、気持ちを切り替えよう。


「というか、これは何なんだ?」


 ユニットである『梟』についても気になったが、アイテムの中でも気になる物があった。

 徹の目の前にあるのは、ボタン。

 クイズ番組に出てきそうな見た目のボタンだ。


 

・【絶対に】ボタン【押すな】


 絶対に押すな。



 名前にも絶対に押すな、と書かれており、説明文にも絶対に押すな、と書かれており、その上ボタン自体にも絶対に押すな、と書かれている。

 とても気になる一品。


「まあ、押すよな」


 逡巡は一瞬。

 押したらどうなるんだろう? と思ってしまい、ボタンを押す。

 その瞬間、徹の意識はテレビの電源でも消すように、ブツリと途切れてしまうのだった。



結果の詳細です。


・1人オーケストラ


 指揮棒を握ると、背後に無数の楽器が現れて音楽を奏で始める。

 適当に振ろうが、丁寧に振ろうが楽器の演奏の仕方は変わらないもののプロの指揮者の気分を味わう事が出来る。

 尚、演奏に関しては全てプロ級。


・ナノマシン「スクラップ・β」


 正規品とは異なり、とある闇市にて販売されている正規品とは似ても似つかない粗悪品。しかし、ナノマシンとしての最低限の役目は果たしており、身体能力や治癒力が向上する。

 但し粗悪品であるが故に、思いがけない副作用が発生してしまう可能性が高い。


・駄菓子の詰め合わせ


 色々な駄菓子が、大きめの袋に詰められている。種類は豊富。味も美味しい。

 が、体に悪い素材がふんだんに使用されている為、食べすぎには注意。


・爆音ラッパ


 小さく吹いても滅茶苦茶五月蝿い。

 大きく吹いたら、更に五月蝿い。


・アンドロイド(自爆型)


 標的を発見すると、有り得ない速度で対象に接近。熱い抱擁を交わすと同時に、自爆を行う。爆発の威力は凄まじく、標的を必ず仕留める事が可能。


・呪われた絵


 まるで子供の落書きのように、画用紙一杯にグチャグチャな黒色で埋め尽くされている一枚。黒色しか目にする事が出来ないが、目を凝らして見ると黒色の奥に何か人影のような物が見える時がある。

 もしも人影を目にしてしまったのであれば危険な兆候。絵そのものに呪われてしまう可能性が高い。


・さつまいもテロリスト


 テロ行為を画策しているさつまいも。

 焼くと、糖度が高くなる為、とても絶品。

 しかし食した後に必ずおならをしたくなる上に、そのおならはとんでもない臭さとなって周囲の人を気絶させてしまう。


・ドレッシング


 窓ガラス味。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る