再会
「タイムスリップ」
その言葉が相応しい。
アンティーク雑貨が部屋を包み、壁にかかる振り子時計。
中は薄暗くありながらも、
窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
あまり閉塞感は感じない。
それでも外とは違う、隔絶された空気を纒う店内には、
1人の店員と呼べばいいのだろうか。
ウェイター?マスター?
喫茶店は初めて入るのでよくわからないが
男の人がエプロンを着け、
カウンターで洗い物をしていた。
丸い眼鏡をつけていて、ちょっぴり髭も携えて、
それでもあまり歳を召しているようには見えなかった。
むしろ親近感を抱くような。
喫茶店といえば、物静かなお爺さんがやっているイメージ(偏見)があった。
あまりに長く見つめていたせいか、
店員さんと見つめ合う形になっていたことに気づかなかった。
『お好きな席へどうぞ』
声をかけられる。
きょどりながらも、
軽く会釈をし、周りを見回す。
自分の他には誰もいない。
1人ならばカウンターで、
と行きたいところだかそんな勇気はない。
一対一。向かい合って世間話をしながら、
なんてことはハードルが高すぎる。
常連でもあるまいし。
どう考えても不自然な部屋の隅。
陽光の差し込む窓際の
ソファ席に腰を下ろした。
隅の方が心が落ち着く。
人間の心理なのだから仕方がない。
電車だって端が空いていればそこに座るだろう。
窓からは先ほどの桜、チューリップがよく見える。
ここで本を読んだら最高だろうな。
ちょうど買ったものもあるし。
ひと通りメニューに目を通して見る。
長く歩いたことだしお腹も空いている。
しっかりめに食べていってしまおう。
さっき気になったたまごサンドでも。
「すみません」
意を決して声をかける。人と話すのが苦手な僕には、
これだけでも一苦労だ。
見た目に反して、
ぴょこぴょこと子供らしく歩み寄ってくる。
『はい』
「たまごサンドをいただけないでしょうか」
妙にていねいになってしまった。
まあ、印象悪く思われることはないだろう。
あとは、さっき本屋で買った最新刊を読みながら、、
『“あとクリームソーダもお願いします!”』
「へ、、、?」
気づけば前に誰かが座っている。
頭が追いつかない。なぜ?いつから?
『たまごサンド、クリームソーダ、
おひとつずつでよろしいですか?』
『“はい!以上で!”』
ちょっと待て、何を勝手に。
「はい、それでお願いします。」
とりあえず穏便に済ませよう。
話はそれからだ。
☆ ☆ ☆
「で、なんでここにいるんだ、、?」
桐谷だった。
白のパーカーにサラサラな茶色の髪。
今更ながら思う。
普通に美少女なんだよな。
『まあまあいいじゃない、
ちょっと寄ってみたくなっただけだって』
理由が同じなのが少々癪に障る。
「お金は払ってね」
『何言ってるの、、そんなの当たり前じゃん!
財布持ってるし、ほら、お札もあります」
顔の前でひらひらと見せつけてくるそれは、
野口でもなく、諭吉でもなく紙の商品券であった。
「それ、使えないぞ」
『えっ、あーね、、はいはいはいはい、、』
顔からは余裕がなくなってくる。
しかし、そこから一転、
満点の笑顔でこちらをのぞき見る。
今はその顔見たくないな。
『いやちょっとうっかりしてたみたいで、ね!』
「返せよ…なるべく早く」
『ありがとう』
濁りのない、まっすぐな言葉だった。
心にすっと浸透してくる。
桐谷の言葉にはこういうところがある。
心のキャンバスが淡く、
優しい色で染められたような気がした。
陽光に照らされ、
ひらひらと舞う桜の花びらのように。
彼女は頬杖をつき、
何事もなかったかのように話し始める。
琥珀のように濃く、透き通った目をこちらに向けて。
「まあ、楽しみでもあるけど、少し不安だな。」
『きっと君ならそうだろうね。
友達つくるの下手そうだし』
「そんなに火の玉ストレートで
言われると傷つくんだけど」
『いやいや、今のはデッドボールだよー』
「もっとだめじゃねぇか!お前は退場したほうがいい」
『そこはレッドカードでしょ!』
「それはサッカーだ」
『そうだっけ?』
『“お待たせしました”』
ふと、左耳の方角から声が届く。
つい夢中になってしまった。
店員さん、いつからいたんだろう、、
少し恥ずかしくなってしまう。
「ありがとうございます」
『どうもです』
美味しそう。これ頼んでよかった。
たまご分厚い。
『それ、美味しい?』
「まだ食べてないけど」
『ではどうぞ』
「いただきます」
手に持ち、まずはひとくち。
ふわふわ全開のたまごを頬張れるように。
「そんなにジロジロ見られると、食べずらいんだけど、、」
『いやいや、お構いなく。
で、どう?』
「美味しい、、」
『それはよかった。わたし、うれしいよ』
「作ったわけでもないのに、、」
『幸せそうにしてる人見て嫌な気はしないよー』
幸せそうに見えてたのか。自覚ないな。
「そっちはどうなの、美味しい?」
エメラルドのような輝きの海に、
ぷかぷかと浮かぶアイスクリーム。
正直、それも頼んでもよかったかも。
『ひとくちいる?』
面白がるようなにやけた顔で、
アイスの乗せられたスプーンを
こちらによこしてくる。
「けっこうです」
丁重にお断りした。
『なーんだ。つまんないの』
それからなんだかんだいろいろな話をした。
ついこないだの卒業式のこと。
今日買った本のこと。
春休みどう過ごしてるか。
そんな他愛のない話だけれども、
その時間はとても楽しいものだった。
☆ ☆ ☆
会計も終え、店の外に揃って出る。
忘れていたけど、会計は僕持ちだ。
しっかり、返してくれるといいんだけど。
「お金返してね」
念を押して、もう一度言っておく。
『わかってるって、そこまでくずじゃないよ』
口を尖らせながら彼女は言う。
空は群青色に。桜は桜花爛漫に。
新しい季節を予感させる。
目の前のキャンバスは色鮮やかに彩られていた。
『絶対今度返すから!
じゃあね〜』
彼女の笑顔も桜の如く、
美しく花開いていた。
「またね」
そう言って彼女と別れた。
じゃあね。
その言葉に。
また会える、という
胸の高鳴りを感じていた。
★ ★ ★
それからというもの、僕はここの常連となった。
6月上旬。桐谷とはあれから会っていない。
連絡先ぐらい交換しておけば良かった。
自転車を石畳の隅に邪魔にならないように停め、
店の扉に手をかける。
あの頃のように緊張はしない。
カランカランと、ベルの音が鳴った。
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