こういうのがいい

あきの丘

出会い、そして今

 中学3年生になり、初の登校日。

昇降口は多くの人で混み合う。

新たな門出を祝うに相応しい。

昇降口前の桜の木は、

桜花爛漫そのものであった。


多くの人で混み合っているのは

桜に見惚れている、、

というわけではなく。

新しいクラス分けの発表を

今か今かと待ち侘びているからだ。

あと5分もすれば掲示されるだろう。


一通り、人がはけたら

じっくり見させてもらうとしよう。

そう呑気に外から眺めていた。


どうせ今年も去年とさほど変わらない。

なんとなく過ごして、なんとなく終わる。

特別なことは受験があることくらいか。


しかし、いざ目の前に、

となるとやはり緊張してしまう。


多くの人が新しい下駄箱で靴を履き替え、

新しい教室に向かうなか、

僕は一枚の張り紙の前に立っている。


単なる紙なのに、

人のこれからを左右するような、 

重いものを背負わされて。

なぜか紙に同情している自分がいる。


僕もこれからを多少は

左右されるその1人であるというのに。


変化には、リスクがつきものだ。

それゆえ僕はあまり好まない。

失敗なんかしたくないから。


「前川翔…あった。

 クラスは2組、出席番号は28番。」


出席番号は変わらずか。

去年のものと書き間違える、

と言った心配はないだろう。 

誰か知ってる人はいないかな。


目線を上へ向け、

1番から順々に目で追ってみる。







○23 桐谷 恋奈

 

ふと目を引く名前があった。


「何か聞き覚えが…」


過去の記憶を遡る。


「誠が言ってた人か」


彼は僕の唯一と言ってもいい友達だ。

去年は同じクラスで色々と助けてもらった。


ちょっと変わってるとか

なんとか言ってたな。


「やばっ、もうチャイム鳴るじゃん」


その時は特に気にもかけず、

足早に教室へと向かった。


黒板に貼られた座席表を見て

驚愕する。


隣の席、、

桐谷じゃん。


廊下側、

前から2列目。


僕の席の隣に、、?


チャイムが鳴るほんの数秒前、

廊下をバタバタと

全力ダッシュする音が聞こえた。


我がクラスの教室の扉の前で

立ち止まったかと思うと、

こちらに向かってきた。


隣の席、

そのイスに腰掛けた彼女は、

顔が小さく、肌は色白、

さらさらな茶色の髪に

色素の薄い目の色も相まってか、


「ほんとにあいつ、

 この人のこと言ってたのか、、」


普通のかわいい女の子であった。

僕は目を疑った。

もっと一目でこいつかっ!とわかるような

クセの強い人なのかと。

友達の誠には申し訳ないが

到底信じられない。


これが、彼女との出会いであった。


後々聞いてみたところ、

僕の第一印象は

「ちょっと怖い」だったらしい。

緊張していただけなのに…ちょっと心外。

そんな彼女は変?というよりかは

面白い人だった。


授業中。隣の人とペアを組んでの

教科書読みの時間。

よく読みを間違えたり、読み飛ばしたり。

クラスメイトによくツッコミを入れられる。

最後まで読まず終えてしまった時には、

「「まだ読み終わってない!!」」と、

2人同時にハモリながらツッコミを

入れられていたこともあった。

そのうちの1人が自分だったりして。


修学旅行は同じ班だった。

コース決めも楽しかったし、

当日だっていっぱい笑った。

同じ班のメンバーとは

今でもたまに遊ぶことがあるぐらいだ。


ほんとうにこの1年間、

僕は彼女に振り回されっぱなしだった。

だがそこに、

マイナスな気持ちは生まれなかった。

むしろ、それで良かったと

思えるほどに満たされていたのだ。


★ ★ ★

 

 それから時が経ち、

僕は高校生になっていた。

燦々と注ぐ太陽の光。

木漏れ日へと変化させてくれる

頭上を覆うフィルターは、

衣替えを終え、若葉を纏う桜の木々だ。

空は青く、夏を覗かせながらも、

足元はじめじめと湿っている。

濡れた路面に水たまり、

紫陽花が彩る通学路。

水たまりを避けながら自転車を漕ぎ、

川沿いの並木道を走っていた。


6月になり、高校生活も日常に馴染むこの頃。

残念ながら僕には、友達がいない。


中学の時だって、

今と大して変わらなかったはずなのに、

なぜだか焦っている自分がいる。


周りからどんどん置いてかれるような。

劣等感が纏わりつく。


「桐谷がいたらなぁ」


気づいたらそんな言葉をこぼしていた。


しかし、桐谷とは別の高校。

同じ高校だとしても

同じクラスになる確率は低い上、

こうなることは必然的だった。


わかってたのにな、、

かと言って、

もうすでに6月。

今から自分の居場所を、

友達を作るなど、不可能に近い。

かといって、クラスから完全に孤立、

というわけでもない。

何か用がある時は話すし、

軽い雑談ぐらいなら。

知り合い以上、友達未満。

モブキャラという言葉がよく似合う。


今日は長い長いテスト期間を経て

迎えた試験最終日。

これが終われば解放だ。


脳内で自分語りをしながら

自転車を漕ぎ進め、学校は目前。

ふと見た水たまりの照り返しが、

ひどく眩しく感じられた。


☆ ☆ ☆


 テストも終え、帰路につく。

周りの人たちは遊ぶやら部活やら、

ごちゃごちゃ騒いでいた。


帰りのホームルームが終わると同時に

足早に教室を後にする。

階段を降り、

ロッカーに用済みの教科書たちを預け、

下駄箱で靴に履き替える。

カバンが軽い。


駐輪場に向かい自転車の鍵を回す。

甲高い音が鳴り、耳にこだまする。

これから向かうのは自分の居場所。

もうすっかり常連だ。


見つけたのは高校入試も終え、

卒業式を済まし、

訪れた長い春休み。


★ ★ ★


 本屋の帰り。

寄り道に寄り道を重ね、

ふと目に飛び込んできたこの喫茶店。

本屋でふと一冊の本が目に入り、

ビビッと、「この本、読んでみたい!」と、

感じさせるそれによく似ていた。


よく手入れされた庭。

赤、白、黄色。童謡の如く並ぶチューリップ。

桜の花弁が目前を掠める。

眩しい太陽の光を腕で遮りながら、

目を細めて見上げてみると、、


桜花爛漫。

見事に咲き誇っていた。


ひらひらと舞い落ちる花弁を

目で追っていると、、

視線の先、

ある立て看板が目に入った。


喫茶店かな?

このたまごサンド美味しそう、、

看板の横、

続く石畳の先には一枚の扉。


なんだか誘われているみたい。


気づいたら扉の前まで歩みを進めていた。

ほのかに薫る、甘さ。


こういう店に1人で入るのは初めてだ。


ひとつ深呼吸をし、

扉に手をかけもう一度。

意を決して扉を開くと、

ベルの音と同時に不思議な感覚に包まれた。


 



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