第30話 敵陣突入~終焉の記憶

 ホテルの前で馬を止めると、ローグは、勢いよく飛び降りてすぐに剣を抜いた。辺りを用心深く見回し、靄の中に目を凝らす。

 追いついてきたカーラが、素早く空気を嗅いだ。

 『気を付けて。”蛇”はここにも居そうよ。それに…もっと嫌な匂いも…』

ユーフェミアだけが、慣れない雰囲気に戸惑っている。幾ら目の前に現実を突きつけられているとしても、近代的な大都会で育った彼女に、物理的な命のやり取りをするような戦場など、すぐに対応できるものでもない。それでも、何とか頭を働かせることだけは出来ていた。

 彼女は、心配そうな顔でホテルの窓を見上げた。ここがホテルである以上、宿泊客はいるはずで、もしこんな状況を誰かに見られたら、何の言い訳も出来なくってしまう。”ホテルという私有地に、抜き身の刃物を持って侵入する男女”。中央島セントラルなら、間違いなく通報されて事件になる。

 「泊まってるお客さんの気配はありますか? ルベットさんはどこにいるんだろう…」

 『誰? それ。』

 「昨日、ここで会った学者さんです。何十年もこのフェンサリルに通っていたって。私の持ってる絵本の著者ですよ」

 『ふぅん…。敵じゃないといいけどねぇ…』

 「うっ」

そう、確かに、あの老人が敵でないという保障はどこにも無い。このホテルに長逗留していたのだし、学者という立場で村の人たちから昔話など聞き出していたのだ。本人にそのつもりはなくても、加担していた可能性はある。


 それにしても、静かだ。

 ユーフェミアは建物のほうを見やった。ホテルの玄関も窓も閉ざされて、人の出てくる気配はない。この靄を、いつもの濃厚な霧と同じものだと思って建物の中に閉じこもっているのだろうか。

 匂いを嗅ぐように鼻をクンクンと動かして、カーラが呟く。

 『マトモに生きた人間の気配は、ほとんどないねえ。他は死人か、血の匂いのする生き物ばかりだよ』

 「え、でも…」

ここには、ホテルの従業員だっているはずなのに――

 視線を転じると、厩のそばに昨日アトリが乗ってきていた貨物馬車があるのが見えた。馬は繋がれておらず、車だけだ。昨日ここへ来た時に厩にいた、巨漢の厩番の姿は見えない。

 (そういえば、警官のオッタルさんは? あの人、島の外から来たって言ってたけど…。)

ローグは、用心しながら貨物馬車のほうに近づいていく。

 そして、馬車を背にしながら、片手で素早く扉を開く。

 開かれた扉の中からは、腕と頭がだらりと垂れ下がった。被っていた帽子が地面に転がり落ちる。

 「きゃ…」

ユーフェミアは、思わず目を逸らした。警官の制服からして、オッタルなのは間違いない。だが首が、あり得ない角度にねじ曲がっている。

 誰かに殺されたのだ。それは確かなことだ。

 「…中にある死体は四つ」

ぼそりとローグが呟く。

 ということは、行方不明になっていた三人組と、オッタルとを合わせた人数に違いない。昨日はまだ息のあった少女も、うろたえてはいたが生きていた若者も、昨日のうちに命を奪われたのだ。

 (なぜ、そんなことを…)

何か、余計なものを見聞きされたのか。それとも、単に邪魔だったからなのか。

 理由を考えた時、ユーフェミアは、恐ろしい想像に行き当たった。

 ――もしかして、”行方不明”の原因は…ホテルの宿泊客たちが時おり行方不明になっていたのは、霧のせいではなく、殺されていたから…?


 恐ろしい想像に足がすくんでいるユーフェミアとは裏腹に、ローグは、顔色一つ変えずに死体を調べている。

 「さっき交戦した”蛇”の仕業じゃなさそうだん。素手で頚椎を折られてる。余っ程の剛力か――」

言いかけて、はっと何かに気づいた顔をして貨物馬車から飛び退った。

 同時に、貨物馬車の扉が弾け飛ぶ。

 「ローグさん!」

 「来るな!」

貨物馬車の扉には、薪割り用の斧が突き立っている。誰かが力任せに投げつけたのだ。

 ローグは武器を構えたまま、厩のほうを睨みつけている。

 うっすらと広がる靄の中、大きな影がゆっくりと頭をもたげる。明らかな敵対的な雰囲気をまとい、指をボキボキと鳴らしながらローグを見下ろした。相手が巨漢なこともあり、決して小柄ではないはずのローグが、やけに小さく見える。

 (あの人は…!)

間違いない、昨日ここで出くわした厩番の大男だ。確かアトリは、ヘイティと呼んでいた。

 「何だコイツ…」

 『気を付けて!』

カーラが吠えるように唸った。

 『そいつからは、ヨートゥンのニオイがする!』

 「は? ヨートゥンって…千年も前にこの島に攻めてきたっていう、巨人族か」

 「うむ」

律儀に肯定してから、大男は、有無も言わさずローグめがけて拳を振り下ろす。凄まじい威力だ。巻き起こった風で、一瞬、付近の靄が吹き飛ぶほどに。

 「くそ…。こりゃ、まともにやり合いたくねぇなあ」

 『足止めだけでいい! アタシたちは、首謀者を探しに行く! ほら、お嬢様』

 「あ、はい」

カーラに鼻でつつかれ、ユーフェミアは走り出した。

 と言っても、どこに行けばいいのだろう。このホテルの中の構造はよく知らない。ルベットに案内してもらったのは入口のあたりだけだし、もし首謀者がホテルにいるのだとしても、正面玄関から堂々と入って会えるとも思えなかった。

 「普通に考えたら、ホテルのオーナーが首謀者のはずよね。あの大男も、小人たちも、オーナーが雇ってるはずなんだし…」

 『でしょうね。会ったことは?』

 「無いわ。昨日のうちに、オッタルさんにでもどんな人なのか聞いておくんだった。…ねえカーラさん。この建物って、何かルーンがかかっているんですよね?」

 『ええ、クリーズヴィのお屋敷と同じね。』

 「…それじゃ、”探し物”のルーンは使えないわね」

走りながら、ユーフェミアは必死で考えている。他になにか、いい手はあるだろうか。

 裏口でもないかとホテルの裏庭のほうに回り込んだ時、ユーフェミアは、はっとして足を止めた。


 すぐ目の前に、何も遮るもののない荒野の向こう側に、巨大な火山の山体が、天にのしかかるように聳え立っている。その光景を前にして、圧倒されてしまった。

 昨日は、ここまで来なかったので、火山がこれほど近くに見えるとは気づいていなかったのだ。

 実際にはそれなりの距離があるのだろうが、立っている場所と火山の間に何もないせいで、すぐ目の前にあるように思える。

 ところどころ黄色みを帯びた灰色の、岩だらけの大地には、木も草も一本も生えていない。ホテルのある丘からは谷のように窪んでおり、そこかしこから、白い蒸気のようなものを立ち上らせている。

 まさに、死の大地とても言うべき荒涼たる風景だつた。

 現実なのに、現実とは思えない。「掛け値なしの、ありのままの自然」――その言葉も、今となっては島に来た当初とは全く違った意味に思える。


 これは、誰にも支配出来ない、予測不能な暴力の体現。

 ただの人間には制御も防衛も不可能な、絶対的な滅びをもたらす”終焉”そのもの。


 (”滅び”の山…)

何故、先祖たちはこんなものの直ぐ側に住もうと思ったのか。それとも、最初から滅びと紙一重の場所に住んでいたからこそ、「神」と呼ばれるような一族と、滅びさえも回避する技が生まれたのか。


 先を走っていたカーラは、固まっているユーフェミアに気づいて声を上げた。

 『お嬢様! 何やってんの、動いて!』

 「あ、…すいません!」

慌ててカーラのほうに駆け寄ろうとした時、目の前にあったホテルの建物の輪郭が薄れてゆくことに気づいた。 

 (…これは)

振り仰ぐと、空の色さえも消えていこうとしている。

 霧だ。

 さっきまでたちこめていた薄い霧とは違う、いつもの濃い灰白の霧が、湖から押し寄せようとしている。

 「カーラさん!」

 『え?! ちょっと! こんな時に…っ』

黒い熊の姿が、溶けるように霧の中に飲み込まれてゆく。こうなってはもう、何をしても無駄だ。

 諦めて、ユーフェミアはその場に留まることにした。

 やがて目の前に、さっきまでの現実とは違う、過去の情景が浮かび上がってくる。


 大地が揺れ、血の匂いが鼻をつく。

 火を吹く山、流れだす赤い溶岩によって埋め尽くされてゆく平原。


 目の前にあるのは、千年前に訪れた悲劇の瞬間の光景だった。



◆◆◆


 地響きのような音が体全体に押し寄せ、頭上からは、灰とも火の粉ともつかないものがひっきりなしに降り注ぐ。目を開けているのも辛いだろう中、戦いは続いていた。

 そう、ここは戦場なのだ。まさに今、目の前で火山が破局的に噴火をしているにも関わらず、誰一人として逃げようとはしない。むしろ、最高の舞台が整ったとばかり、喜々として奮戦している。 

 (これが――本来の”狂戦士ベルセルク”…。)

まさに「狂」戦士だ。誰もが最高の手柄と死に場所を求めているようにさえ見える。

 既に理性を失い、目の色が変わっている者。体の一部が獣と化したもの。その中に、巨大な人狼が何体か、狂ったように雄叫びを上げながら敵味方構わず暴れ狂っている。

 ”狼”の氏族クランの戦士たちの成れの果てだ。もしかしたら、あの中にガルムもいるかもしれない。

 「…母様!」

傍らを駆け抜けてゆく従兄弟たちの悲鳴で、彼女は我に返った。

 折れた槍のすぐ側に、瀕死の状態で倒れているヘルガの姿がある。半分目を開けたままぐったりと岩に倒れかかり、口元には血の流れた跡があった。

 「母様! しっかりしてください」

泣きそうな顔で母をゆさぶるフェンリス。奥歯を噛み締めているようなヨルムガルデ。

 間に合わなかったのだ。

 シグルズを助けたその足で、激戦区となっている火山を見下ろす高台へ、この玉座のあるギムレイの丘へ救援のために駆けつけた。けれど、戦の勝敗は既に決されようとしていた――。

 力が抜けてその場に崩れ落ちそうになる少女を、熊の戦士の腕が支える。

 「まだだ。気を抜くな。あんたが生きてさえいれば、勝機はある」

 「でも…」

シグルズは、無言のままに宮殿のほうを振り返る。

 千年後にはホテルの裏庭、湖となっている場所に、今は宮殿のような立派な建物がある。

 以前ヘルガとともに、エーシル族の長への挨拶のために訪れた場所。戦いを前にして、その長が一族郎党を集めて盛大な宴を開いていた場所だ。

 「あそこまで走るぞ。敵は全て外に出ている。今なら、”玉座”に近づける」

 「え…?」

何を言っているのか分からない。確かに、あの宮殿の中には大きな広間があり、誰も腰を下ろしていない黄金の玉座があったが…。

 だが、迷っていられる時間は無い。戦いのさなか、巨人たちの一部がこちらに気づいた。

 「おい見ろ! ヴァニールの連中だ! まだ、生き残りがいるぞおお」

咆哮とともに、赤い髪を恐ろしげに逆立てた巨体の戦士たちが押し寄せてくる。

 どの者も、お世辞にも美しいとは言えない容姿だ。潰れたような鼻、ずんぐりとした手足。上半身は半裸で、体に刻んだ不気味な入れ墨や、泥で描いた文様がよく見える。防具などはほとんど身につけておらず、使う武器は素手か棍棒、無骨な斧など。一見した感想は”蛮族”だ。

 その巨人たちの群れが、火山のほうからこちらに向かって来るのだ。

 「復讐の成る時だ! 皆殺しだ!」

 「神々の血筋による支配は終わりだ、我ら一族を追放せし”黄金の一族”に死を!」

とっさに従兄弟たちが動き、フレヴナを守るようにして敵の目の前に立ちふさがった。フェンリスが剣と盾を構え、その後ろで兄のヨルムガルデが弓に矢を番えて引き絞る。

 二人とも、一瞬にして戦士の顔に変わっていた。足元で実の母親が息絶えようとしていることなど忘れて、ただ、従者としての役割を果たそうとしている。 

 「シグルズ様、姉さまを頼みます!」

 「分かっている」

少女の傍らで、”熊”の戦士が剣を抜く。だが、いくら”熊”の氏族クラン最強の戦士といえど、既に満身創痍だ。フレヴナの”加護”のルーンがあったとしても、満足のいく戦いは出来そうにない。

 「ん? その男…」

ひときわ大柄な巨人が足を止め、シグルズを見てニタリと笑った。

 「なぁんだ、英雄様じゃねぇか~ヒッヒッ、まだ生きてたのかい。丁度いい、エーシルの親玉から分捕ったコイツで串刺しにしてやろうか、ん?」

巨人の手にあるのは、黄金の柄を持つ立派な槍だ。

 シグルズが、はっとして目を凝らした。二人の若者たちも、思わず動揺した顔になる。

 「…まさか」

 「ヘリアン様の…槍…?」

 「ふざけるな! あのヘリアン様が敗けるはずはない! エーシル族は戦の部族。我らヴァニールですら、何百年とかけても首に手の届かなかった者たちを、どうしてお前たちが滅ぼせる?!  ”必中の槍”と”支配の首輪”を持つ者に、打ち勝てるはずなど――」

 「うん?」

巨人はニタリと笑って首をかしげると、腰にぶら下げていた何かを取り外し、片手で無造作に掲げて見せた。

 「そりゃあ、お前らが弱かっただけじゃねぇかなぁー?」

 「!」

それは、苦悶の表情を浮かべたまま胴体から切り取られた首だった。

 額の傷はぱっくりと裂け、金色の長い髪が、まるで干し草の束のように血の塊に絡みついている。

 ぞっとするような光景に、フレヴナは口元に手をやって声にならない悲鳴を挙げる。

 「…まさか――そんな…」

 「アッハハハ! アハハハ! いいぞ、いいぞ! その、絶望顔! 最高だァ」

巨人が楽しげに笑う。仲間の巨人たちも、一緒になってゲラゲラ笑っている。勝利を確信した者たちの愉悦の笑い。下卑た顔に、嫌悪感すら湧き上がってくる。

 「…くっそぉ…。」

 「姉さま、これを」

ヨルムガルデがフレヴナに近づいて、手元に黄金の腕輪を滑り込ませながら囁いた。さっき、ヘルガに駆け寄った時に回収していたらしい。こんな時でも、彼は冷静沈着なのだ。

 「お逃げください。貴女だけでも生き延びられれば、我らの一族は立て直せる」

 「でも! 私…」

 「こんな時まで…”無理だ”なんて弱気なこと、言わないで」

従兄弟の少年は、どこか哀しげに微笑んだ。

 「それに、最後くらいボクらにも格好くらいつけさせてください」

 「……。」

それは、既に死を覚悟した者の別れの言葉だ。何か言いたいのに、言葉が詰まって、何も言うことが出来ない。

 「シグルズ様。ここは任せてください」

フェンリスも言い、精一杯の笑みを浮かべてみせる。

 「ふん、その年でしんがりを務めるつもりか? いいだろう。お前たちはもう、半人前じゃない」

シグルズは歯を見せて笑うと、いつもとは違う声で言った。

 「この状況で、”死ぬな”とは言えん。”立派に死ね”。そして役割を果たせ」

 「――はい」

 「嫌…嫌だよ、ヨルム! フェンリス! あっ」

従兄弟たちに駆け寄ろうとした少女の体が、抱き上げられる。

 「行くぞ」

 「待って! 駄目よ、こんな…こんなの…!」

涙に霞む世界の中で、巨人の群れが、従兄弟たちに襲いかかっていくのが見えた。自分よりも何倍も大きい敵を相手に、少年たちは一歩も引かない。こちらを振り返ることもしない。ただ、その場所で少しでも長く時間を稼ぐのだと、一体でも多くの敵を葬ってから倒れるのだと決めている。

 背後では、山が火を吹き出し続けている。灰が降り注ぎ、空気が熱されはじめている。

 山から流れ出した溶岩が迫っているのだ。戦場となっている場所は高台で、辛うじてその流れに飲まれることは免れているものの、押し寄せる熱で体が焼け落ちようだ。

 呼吸さえままならない。むき出しの腕や顔は、じりじりと熱に焦がされ、腐ったような色に焼けただれてゆく。火山から流れてくる風に毒も混じっているのだ。少女の顔や手足も、ところどころ皮膚が崩れ落ちて酷いありさまだ。

 シグルズはついに歩けなくなり、足を止めて膝をついた。喉が、ヒュウヒュウと音をたてている。熱のせいで喉をやられたらしい。

 「ここまで…か」

大きな音が響き渡る。

 顔を上げると、丘から見下ろす世界は、既に炎に包まれていた。フェンサリルの方角だけではない、そのはるか東まで続いている島の大半が、溶岩によって赤く染まっている。

 溶岩を防ぐための大障壁の切れ目から溢れ出した赤い炎が、エーシルの領地を焼き尽くしているのが分かる。海に流れ落ちる炎が海水と混じり合って蒸発し、辺りは霧に包まれていく。大地が激しく揺れ、片っ端から割れて海に崩れ落ちてゆく。

 男は、ゆっくりと少女を地面に抱き下ろし、膝をついたまま掠れた声で呟く。

 「”世界樹”は目覚めてしまった。けど、あんたならまだ…滅びの時を止められるはずだ」

 「シグルズ!」

差し出そうとした腕を振り払い、首をふる。

 「…大丈夫だ。少し休んだら、追いかける。ここからなら、一人で行けるだろ?」

すぐ目の前には、宮殿の入口がある。いつもは厳重に警備され、何人もの見張りが立っている扉は誰の見張りもなく、開かれたままだ。

 誰も、もう残ってはいない。巨人たちの換気の雄叫びが響いている。じきに、ここへも敵が押し寄せてくる。

 涙で震える声で、少女は精一杯、声を振り絞る。

 「約束よ。一緒に戻るんだから。一緒に、城に…」

 「ああ。約束だ」

フレヴナの嵌めた腕輪に、微かな光が宿る。


 きっと、これが”誓い”となったのだ。

 本人たちにそんな意図はなかったとしても、互いの強い思いによって結ばれた”願い”は、その後、千年もの間続く”呪い”となってしまった。


 少女は、振り返りながら駆けてゆく。

 その姿が見えなくなったのを確かめてから、男は、血を吐いて咳き込みながら地面に倒れ込んだ。

 「…ここまでか」

もはや、体力の限界だった。立ち上がることも出来そうにない。

 かすかな足音で視線を動かすと、赤い目をした黒い熊がこちらに近づいてくるのが見えた。自分自身の体はズタズタで、内臓さえ引きずっているくせに意に介した様子もない。口元も胸のあたりも血まみれで、理性を失っていることは確かだった。

 「…なんだ、カーラか。お前も、ひどい姿だな…」

熊が若者の側に腰を下ろす。死にゆく者たちは、火を吹き出し続ける火山を見上げている。

 闇空の中、世界が、天が崩れ落ちる――。


 それは、まさに『世界の終焉』と呼ぶに相応しい光景だった。

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